『蝶の舌』ってどんな映画?
内戦の足音が近づく1936年のスペイン・ガリシア地方を舞台に、老教師と少年の心の交流、そして戦争によって引き裂かれていく人々の悲劇を描く。マヌエル・リバスの短編をベースに、ホセ・ルイス・クエルダが監督を務め、名匠アレハンドロ・アメナーバルが叙情的な音楽を添えた人間ドラマの傑作。
学校に通う年齢でありながら、喘息のために家に引きこもっていた少年モンチョ(マヌエル・ロサノ)は、恐怖を抱きながら初めて登校した教室で、彼は厳格ながらも深い慈愛を持つ老教師ドン・グレゴリオ(フェルナンド・フェルナン・ゴメス)と出会う。先生はモンチョに自然の素晴らしさ、文学の美しさ、そして「自由」の尊さを教え、二人は固い絆で結ばれていく。
見どころは、美しく穏やかな自然のなかで、過酷な政治の波が静かに、しかし容赦なく家族を飲み込んでいく過程だ。モンチョの父親で共和派(自由主義)を支持する仕立屋、敬虔なカトリック信者で家族の安全を第一に願う母親、サックス奏者を目指す兄らとの、慎ましくも幸せな日常が描かれる。しかし、ファシズムを掲げるフランコ軍によるクーデターが勃発し、街の権力構造は一変。共和派を支持していた人々や、自由を説いていたドン・グレゴリオ先生は「反逆者」として捕らえられてしまう。生き残るためにファシストを称賛せざるを得なくなった人々は、群衆の前で先生を罵倒するようモンチョに命じる――。
過酷な現実のなかで、生き延びるために家族が下した哀しい選択。少年が涙を流しながら投げつける最後の言葉の数々と、その裏にある切ない少年の心情が、観る者の心に生涯消えない衝撃を残す珠玉の名作。
あらすじ
1936年、スペイン、ガリシア地方の片田舎。喘息持ちのモンチョは1年遅れて小学校に入学する。人見知りをしてなかなか周囲に馴染めないモンチョに、担任のグレゴリオ先生は優しく接してくれた。グレゴリオ先生は決して生徒を差別しなかった。子供たちに授業以外にも、人生のこと、知のことなど色々なことを教えた。先生は、モンチョが蝶に興味をもったこと知り、一緒に虫取りに行く。先生は、蝶の舌を見たいと願うモンチョに、顕微鏡で見せることを約束する。モンチョは先生の下で、確実に人間的に成長していく。しかしスペイン内戦が勃発。ファシストの勢力はこの地方にも及ぼうとしていた。そして共和派である先生にもじわじわと危険が迫る。
キャスト
モンチョ – マヌエル・ロサノ
ローサ(モンチョの母親) – ウシア・ブランコ
ラモン(モンチョの父親) – ゴンサロ・ウリアルテ
アンドレス(モンチョの兄) – アレクシス・デ・ロス・サントス
季節はめぐる。丹念なエピソードが積み重ねられる。
音楽はアメナーバル(サックスを吹く主人公の兄のエピソードをはじめ、この映画では音楽が特に重要)。監督は「オープン・ユア・アイズ」の製作などもしている。
時は1936年冬、場所はスペイン辺境のガリシア地方。少/が母親に手を引かれて学校に現れるところからお話が始まる(この母親の演技が良い)。季節はめぐり、人々の生活を丹念に描いたエピソードがひとつひとつ積み重ねられる。中でも、長い夏の、中国人の若い妻と主人公の兄の淡い恋のエピソードや、森の泉のシーンなどはため息が出るほどうつくしい。
夏が終わり、フランコ蜂起の演説が酒場のラジオに響き渡る。
残酷なラストシーンの後、スペインは激烈な内戦に突入し、マドリードは陥落する。第二次大戦後も反共のファシズム国家としてアメリカの援助を受け、フランコが死ぬ1975年まで40年近くも独裁政権が続くのである。
フェルナンド・フェルナン・ゴメスは、この数年後のカスティーリャを描いた映画で、二人の少女の人間嫌いの父親を演じている。そう、それが内戦を生き延びた世代についての映画、「ミツバチのささやき」である。
『蝶の舌』を観るには?
『蝶の舌』作品情報
脚本 – ホセ・ルイス・クエルダ、ラファエル・アスコナ、マヌエル・リバス
製作総指揮 – ホセ・ルイス・クエルダ、フェルナンド・ボバイラ
音楽 – アレハンドロ・アメナーバル
撮影 – ハビエル・サルモネス
配給 – 日本:アスミック・エース
公開 – スペイン:1999年9月24日、日本:2001年8月4日
上映時間 – 99分
『蝶の舌』の原作
のガルシア・マルケスも絶賛!スペインの陽光漂う珠玉の短篇集。夏休み期待のスペイン映画『蝶の舌』の原作。ひとりの少年と老教の触合いを、時に暖かく、時に切なく描く表題作『蝶の舌』をはじめ、独特のモチーフと色彩感がそこはかとなく漂う極上の十六篇を、ブックプラスから。

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