予兆 散歩する侵略者のあらすじと感想
2017年のWOWOWドラマで、同年の本編映画と同時に配信された(散歩する侵略者)のスピンオフドラマである(再編集した劇場版もある)。
共通するキャストは東出昌大だけだが、別の人という設定。まだ杏の旦那だったはずだが、すでにアウトロー的にタガの外れた演技をしている。下手くそな役者なのだが、無表情で高身長で夏帆に迫るのが怖い。後ろからスコップで殴られても「いてぇ…」という反応なのだが(気絶はするけど)、あれは昔の永島敏行のあり方に似ている。
映画は、縫製工場?で働く夏帆がアパートに帰宅すると、開け放たれた窓のカーテンがはためき、風の中で夫の染谷翔太が立ち尽くしている、というまことに黒沢清的なシーンから始まる。壁のない空間をレースの布で覆っていたりして、このアパートの間取りはいまいちわからない。光がゆらめきまくっている。
夏帆は同僚の岸井ゆきのから「家に幽霊がいる」と相談されるのだが、同行してみると、そこにいたのは彼女の父親だった。診察した心療内科医は「家族の概念がなくなっているようだ」と言う。概念を奪われるという設定は本編にもあったが、よりホラー風味なのは、脚本に高橋洋が加わっているからだろう。
岸井ゆきのが入院した病院は、臨床工学医師の染井翔太の勤め先でもあり、待合室で染谷を待つ夏帆のシーンが異様である。空間が歪むのを感じた夏帆は早々に東出の正体を見抜いてしまう。
外科医として赴任してきた東出は実は宇宙人で、染谷はうっかり右手を握られて、「ガイド」として概念を採取する人間を選ぶ役回りをさせられている。
東出は染谷が指定する人間から概念を奪っていき、奪われた人は大体廃人になってしまう。染谷の意図に反して東出は夏帆にも興味津々なのだが、なぜか夏帆からは概念を奪うことができない。
やはり宇宙人の縫製工場長の妻(渡辺真紀子)が遠くから走ってくる怖いシーンがあり(岸井ゆきのから概念を奪ったのはこの女だった)、その辺からクライマックスになって、パワーアップした宇宙人が歩くだけで周囲の人間がバタバタ倒れたり、厚労省の役人(大杉漣)が警官隊を引き連れて包囲したり、侵略が始まって街が無人になったりと派手な展開になる。
世界が終わっても構わないと思っているが、右手の痛みに苦しむ夫のために(つまり愛のモチーフが繰り返される)、夏帆は東出と対決することに。最後の舞台は例によって廃工場であり、しかも黒沢清が好きそうな仕掛け(レバーを引くと天井から数十本の束ねられた鉄パイプが落ちてくる)によって、東出が崩れ落ちるシーンがあるのだが、あれはどうやって撮ったのだろう。
予兆 散歩する侵略者の見どころ
『CURE』『回路』『贖罪』などでも見られるように、黒沢清が描く恐怖はジャンプスケアではなく、「空間」「時間」「視線」の操作で観客を緊張させるものだ。本作でも、夏帆演じる悦子の周囲に漂う違和感が説明されないまま増幅していく。この心理的共鳴が最大の恐怖の源となる。
黒沢清は日常の崩壊を「直接的な恐怖表現」ではなく「違和感の積み重ね」によって観客に体験させる。
どこにでもある住宅地や公園、病院など、ありふれた場所が舞台になる。本作では、夫婦のアパートや近所の道、病院の待合室など、何気ない場所で不穏な出来事が起こる。
人物を小さく、広い空間の中でポツンと立たせる「引きの画」を多用するのも特徴的だ。画面のどこかに何かが潜んでいることを予感させる。とくにゴチャゴチャした縫製工場は怖かった。
長回しの静止したカメラは、緊張の持続時間を引き延ばし、「いつ異常が現れるのか分からない」という不安を生む。
会話には不自然な“間”があり、環境音が強調されたり、突然静寂になる。音の抑揚のなさが違和感を与え、次に何が起きるのか分からない不気味さを醸し出す。
画面外からの物音や視線の気配が強調され、「フレームの外に何かいる」ことが示される。静止したカメラの中で人物が視線を外に向けたとき、そこに何があるのか分からない恐怖が想像力を刺激する。
予兆 散歩する侵略者を観るには?
予兆 散歩する侵略者 キャスト
山際辰雄 – 染谷将太
真壁司郎 – 東出昌大
斉木葉子 – 中村映里子
浅川みゆき – 岸井ゆきの
小森医師 – 安井順平
川内和代 – 石橋けい
野上 – 吉岡睦雄
警官 – 大塚ヒロタ
浅川保 – 千葉哲也
田岡 – 諏訪太朗
粕谷の妻 – 渡辺真起子
粕谷 – 中村まこと
西崎 – 大杉漣