「君が死刑になる前に」ってどんなドラマ?
あらすじ
教師連続殺害事件の犯人、大隈汐梨(唐田えりか)が死刑執行された頃、大学時代の映画サークルの仲間、坂部琥太郎(加藤清史郎)・馬渕隼人(鈴木仁)・月島凛(与田祐希)は、茨城県津木川でドキュメンタリーを撮影していた。しかし3人は突如タイムスリップし、気づかぬまま出会った女性を滞在先の別荘に連れ帰る。
翌朝3人は、現在が7年前であり、連れてきた女性は死刑囚の汐梨で、指名手配中であることを知るが、汐梨は自分は殺していないと主張する。信じるべきか迷う琥太郎たちは、二人目の被害者が殺されるのを防ごうとするが——。
キャスト
馬渕隼人(フリーカメラマン) – 鈴木仁
月島凛(町役場職員で琥太郎たちの映画サークルの後輩) – 与田祐希
大隈汐梨(管理栄養士で未来の死刑囚) / ミコト – 唐田えりか
伊藤剛(茨城県警津木川署刑事) – 内博貴
深沢心太(同) – ニシダ・コウキ(ラランド)
小谷隆一(「教師連続殺害事件」被害者) – 大塚ヒロタ
白鳥弓子(同) – 輝有子
宝来茜(テレビアナウンサー) – 白戸ゆめの
一条凪音(カフェの看板娘) – 伊礼姫奈
長峰洋子(カフェのオーナー) – 内田慈
ファーストインプレッション
メイン脚本は才人であるはずの森ハヤシだが、タイムリープ物は初めて?と訝ったのは、そう複雑でもないプロットを語る手際があまりに悪いからだ。本作はいわゆる考察系のようだが、ツッコミどころ満載で、これでは誰も本気で考察する気になれないのではないか。まるでこのドラマ自体が、主人公たちが撮っている自主制作のようだ。
それにしても加藤清史郎が小柄(公称163センチ)で驚いた人もいると思うが、これは鈴木仁が186センチというせいもあるだろう。
ちなみに153センチの与田祐希についても書いておこう。
「量産型リコ」(2022〜2024)で助走をつけ、昨年は「死ぬまでバズってろ‼︎」、今年は早々に「リブート」と本作でペースを上げているが、基本的には、かつて(?)ナマイキ路線だった本田翼の線と思われる。本田には価千両のニコ顔という“オチ”があったけれど(つまり一種のツンデレ)、与田にはそういった必殺技が見受けられない。「量産型」に初登場した際の文字通り“人形”的な輝きをいつまで保ち続けられるかと、私はお節介に心配しているのである。あらゆる意味で場数を踏んでいる唐田えりかには太刀打ちできないと思う。
「君が死刑になる前に」最終回の楽しみ方
本作の最終回は、「死刑を回避できるか」というサスペンスとしてだけでなく、「誰かの罪を背負うとはどういうことか」という物語として観るべきだろう。
このドラマは、教師連続殺害事件の犯人として死刑になった大隈汐梨(唐田えりか)の死刑執行から始まる。
ところが、7年前へタイムスリップした坂部琥太郎(加藤清史郎)、馬渕隼人(鈴木仁)、月島凛(与田祐希)は、そこで出会った汐梨から「私は殺していません」と告げられる。そこから物語は、死刑囚の無実を証明する話へと姿を変えていく。
しかし本作は単純な冤罪ドラマではなく、事件を止めるたびに未来は変わり、犯人も被害者も入れ替わる。真実に近づいたと思った瞬間、新たな謎が現れる。つまり琥太郎たちが戦っているのは運命そのものということである。
だから最終回で注目したいのは、「真犯人は誰なのか」だけではなく、なぜ汐梨はそこまでして罪を背負おうとするのかということになる。
最終話では、10年前に凪音(伊礼姫奈)を守るため、汐梨が他人の罪を引き受けたという事実が明かされた。さらに現在進行形の連続殺人についても、彼女は再び自ら犯人であると名乗り出る。
このドラマで繰り返し描かれてきたのは、「真実」と「贖罪」のねじれた関係である。
汐梨は真実を語ることで人を守ろうとするのではなく、嘘を引き受け、自分が悪人になることで誰かを守ろうとしている。
だから最終回を踏まえると、このドラマは「汐梨は救われるのか」ではなく、「汐梨が守ろうとしたものは何だったのか」を語ってきたと言える。
また、本作を通じて最も変化してきたのは琥太郎でもある。
映画監督の夢を捨てたフリーターだった彼は、タイムリープを繰り返すなかで、過去を変えることよりも、人を信じ抜くことの難しさを学んでいく。
最終回は、汐梨の運命だけでなく、琥太郎が最後に何を信じるのかを示す結末でもあるだろう。
本作はタイムリープサスペンスの形をとりながら、実際には「身代わりの物語」である。
だから最終回は、「真犯人は誰か」「死刑は回避されるか」という興味だけでなく、「人は誰かのためにどこまで罪を背負えるのか」という視点で観ることで、このドラマならではの切なさと余韻を味わえるはずだ。




