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真昼の悪魔

3.0
田中麗奈(真昼の悪魔) ドラマ
田中麗奈(真昼の悪魔)
真昼の悪魔は、遠藤周作の小説(『週刊新潮』1980年2月~7月、連載24回、1980年12月単行本刊(新潮社))を原作として、2017年2月4日~3月25日に東海テレビ制作・フジテレビ系「オトナの土ドラ」枠で毎週土曜日23時40分-翌0時35分にドラマ化。主演は田中麗奈。

真昼の悪魔の感想

あっ。深夜ドラマの昼ドラ化にこだわっているのは「奪い愛、冬」の枠でなく、東海テレビ制作のこの「大人の土ドラ」枠だった(「奪い愛」は中途半端な昼ドラ化の失敗作「不機嫌な果実」の「金曜ナイトドラマ」である)。
タイトルからして昼ドラそのものである。

本作の番宣は「『火の粉』のスタッフ再集結!」などと話題性の乏しさを暴露しているが、それより、「美しき罠〜残花繚乱」の田中麗奈が帰ってきたことをアピールするべきであろう(「激流〜私を憶えていますか?」の田中麗奈、でないのは残念だ)。

田中は前にも増して美しく、遠藤周作の描いた途方もないサディズムによく似合う。

真昼の悪魔 あらすじ

関東の病院で医師として働く大河内葉子(田中麗奈)は、小説家志望の青年・難波聖人(中村蒼)を急性虫垂炎で治療する。手術成功後、難波は清掃員の芳賀明善(篠原篤)と知り合い、病室で見つけた謎のメモ用紙を調べてもらう。メモに書かれた患者が全員死亡していることが判明し、難波は不安を覚える。一方、葉子はパーティで大手ホテルチェーンの御曹司・大塚光(大倉孝二)と出会い、口説かれる。葉子は担当患者の寝たきり老女の治療費に悩む娘・小林照美(朝加真由美)を励ますが、照美が去った後、老女に冷たく語りかける。葉子は教会の懺悔室で神父(伊武雅刀)に「悪への衝動」を告白し、善行による救いを求め、老女の病室へ向かう。

真昼の悪魔を観るには?

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真昼の悪魔 キャスト

大河内葉子 – 田中麗奈
難波聖人 – 中村蒼
芳賀明善 – 篠原篤
吉田誠 – 鈴木省吾
渡来倫子 – 福田ゆみ
浅川純 – 瑛蓮
相沢 – 川本成(あさりど)
大河内徳広 – 村井國夫
宮島浩介 – 原田龍二
大塚光 – 大倉孝二
神父 – 伊武雅刀

真昼の悪魔 スタッフ

原作 – 遠藤周作『真昼の悪魔』(新潮文庫刊)
脚本 – 香坂隆史
音楽 – 大間々昂、兼松衆、田渕夏海
主題歌 – 倖田來未「On my way」(rhythm zone)
協力プロデューサー – 市野直親(東海テレビ)、千葉行利(ケイファクトリー)
プロデューサー – 遠山圭介(東海テレビ)、高橋史典(ケイファクトリー)、馬場三輝(ケイファクトリー)

真昼の悪魔の原作


良心の呵責という痛みを感じることができれば、
何事にも無感動な自分から立ち直れるはずだ……。
大病院を舞台に続発する奇怪な事件。人間の心の奥に潜む「悪魔」とは何か?

患者の謎の失踪、寝たきり老人への劇薬入り点滴……大学生・難波が入院した関東女子医大附属病院では、奇怪な事件が続発した。背後には、無邪気な微笑の裏で陰湿な悪を求める女医の黒い影があった。めだたぬ埃のように忍び込んだ“悪魔”に憑かれ、どんな罪を犯しても痛みを覚えぬ虚ろな心を持ち、背徳的な恋愛に身を委ねる美貌の女――。
現代人の内面の深い闇を描く医療ミステリー。

本文より
悪とは一体、なんだろう。世間で言う悪。たとえば何かを盗む。人をだます。それは相手には迷惑をかけるだろうが、それ以上の何ものでもない。悪というようなものではない。人を殺す。しかし人を殺すのはほとんど貧しさや憎しみや欲望が伴っている。それ相応の理由がある。それ相応の理由があって人を殺すことが悪だとはとても思えない。また人を殺してはいけないと言うのは社会の秩序を保つため、たがいの身の安全を保証しあうための約束事にすぎないから、これを破っても良心をえぐるような辛さを感じるとはとても思えない。……

本書「解説」より
(遠藤周作は)エンターテインメントの作品においてもカトリック作家としてのテーマを追求しているが、ここでは現代人の心の荒廃にするどくきりこみながら、現代社会のどこにでも存在しているのに眼にみえない悪について語っている。西欧のキリスト教を日本の文学に根づかせようと努力してきた彼は、この作品では、現代日本の医療問題を素材として、主人公の女医と彼女を囲む病院のあり方に焦点をあてているのである。
――尾崎秀樹(文芸評論家)

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