『HINOKIO』ってどんな映画?
母の死によるショックから心を閉ざし、部屋に引きこもるようになった少年が、科学者の父親が開発した遠隔操作型ロボット「HINOKIO(ヒノキオ)」を通じて学校に通い、仲間たちとの触れ合いの中で本当の温もりを取り戻していく。VFXの第一人者・秋山貴彦が自らメガホンを取り、米村正二や末谷真澄と緻密な脚本を執筆。当時最新のCG技術とみずみずしいジュブナイルドラマが見事に融合し、現代社会の人間関係の希薄さと、それでも消えない絆の美しさを描いた、優しくも切ないSFファンタジー映画。
見どころは、バーチャルな繋がりが本物の友情へと変わっていく少年たちの心理描写と、物語の裏でじわじわと進行するサスペンス。担任の風吹夏子(原沙知絵)や、薫の助手である坂上ユウキ(牧瀬里穂)が見守るなか、サトルはジュンたちと秘密の時間を共有し、隣のクラスの昭島江里子(堀北真希)の視線をも集めていく。しかし、サトルがのめり込んでいくネットゲームの世界に潜む謎のキャラクター、エリ(林原めぐみ/声)の存在が、バーチャルとリアルの境界線を狂わせ、物語を予期せぬ危機へと加速させていく。ロボットというフィルターを通した少年たちの無垢な嘘と、生身の人間が向き合うべき冷酷な真実が交錯し、観る者の胸を締め付ける。
傷つくことを恐れてモニターの裏側の安全な世界に閉じこもるか、それとも痛みを覚悟で、大切な人の手をその肉体で握りしめるか。悲しい過去を乗り越え、サトルとジュンが最後に命懸けの境界線で下す、あまりにも純粋な選択。
VFXで描かれるサイバーな美しさと、少年少女たちのリアルな心の成長が幸福な涙を誘う珠玉のジュブナイルドラマだ。
あらすじ
交通事故で母サユリ(原田美枝子)を亡くし、自身も車椅子生活となった小学生の岩本サトル(本郷奏多)は、父親の薫(中村雅俊)を拒絶して自室に引きこもり続けていた。見かねた薫は、自分が開発した先端ロボットをサトルの「身代わり」として小学校へ登校させる。ロボットを通じてクラスメイトと接することになったサトルは、ボーイッシュでぶっきらぼうな工藤ジュン(多部未華子)や、お調子者の細野丈一(村上雄太)、平井健太(加藤諒)、そして心優しい高坂スミレ(小林涼子)らと出会い、ロボットの鋼鉄の体を通して、少しずつ外の世界のきらめきを知っていく。
キャスト
工藤ジュン(同級生) – 多部未華子
岩本薫(サトルの父でヒノキオの開発者) – 中村雅俊
細野丈一(同級生) – 村上雄太
平井健太(同) – 加藤諒
高坂スミレ(同) – 小林涼子
昭島江里子(隣のクラス) – 堀北真希
風吹夏子(担任) – 原沙知絵
坂上ユウキ(オーバーロード・エレクトロニクスの社員で薫の助手) – 牧瀬里穂
岩本サユリ(サトルの母親で薫の妻) – 原田美枝子
エリ(ネットゲームのキャラクター) – 林原めぐみ(声)
煉獄にいる母親が「地獄」主演の原田美枝子というのは、とても偶然とは思えない。
このVFXはやっぱり特筆ものだろう、ハリウッドにできないことをいとも簡単に(??)やってのけている!
秋山貴彦というひとは映画『FINAL FANTASY』のCGディレクター兼VFXアートディレクター。非常に端整な映画に仕上がっている。この制作工程を秋山はこう説明している。
最初はモーションアクターと子役が2人で芝居をして、その後、何もない状態で子役が演じ、それを最終的にCGで組み合わせるわけです。この後、ロボットを画面の中に入れて、たとえば歩くところだったら、人間がかついで軌道を歩かせるんです。一番最後グレーボールとミラーボールを入れて撮ります。これが主な段取りです。その後、当然、CGの作業があるんですが。役者とからんだモーションアクターがもう一度別のスタジオに入って、モーションキャプチャーという装置の中で同じ演技をします。その時に、たとえばものを掴んだりする動作の位置を計測して、ヴァーチャル・セットで再現し、階段をのぼるとか、接触するとか同じ演技を同じ人にしてもらい、そのデータをまたCGに生かすんです。かなり複雑な工程ですね。一つのショットに通常の5倍はかかりますし、ポストプロダクションはもっと長いです。

多部未華子(HINOKIO)
ストーリーのテーマはまさにVFX=ヴァーチャル/リアルであって、「煉獄」というPCゲームをめぐってこれが敷衍される。このPCゲームは現実と天国(生と死)の間にあり、魂と肉体が切り離された世界(仮想世界)である「煉獄」をさまようという奇妙なものである。ゲームの目的(?)は、「煉獄の塔」にのぼり、そこで笛を吹くことで、ひとつだけ願いごとをかなえることにあるという。

本郷奏多(HINOKIO)

堀北真希(HINOKIO)




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