獣になれない私たちの感想
新垣結衣が全幅の信頼をおいているであろう野木亜希子は、今季、NHK「フェイクニュース」との2本立て。どちらもオリジナルで、ようやく時代が来た観がある。
本作は意図的に重い演出で(坂元裕二御用達の監督・水田伸生)、期待を裏切られたファンから批判を浴びるだろう。
久しぶりに見る菊地凛子も、いかにも重い。
獣になれない私たちの見どころ
“現代の働く大人”を描いた群像劇で、表面的にはラブストーリーの体裁を取りながら、“人間関係・仕事・恋愛のしがらみから自由になれない私たち”をリアルかつシニカルに描いている。
主人公・深海晶(新垣結衣)は、仕事も恋愛も“空気を読み、相手に合わせる”ことで成り立たせている女性。仕事では無茶な要求を押し付けられ、部下のミスも笑顔でフォロー。プライベートでは彼氏・京谷(田中圭)の母親の世話まで一手に引き受ける。「いい人」だから誰にも嫌われないが、誰からも“本当の自分”を理解されない。
という「優しさが自分を蝕む構造」が提示される。
クラフトビールバー「5tap」(この店でのシーンは、苦い現実を和らげる“仮初めの癒し”である))で出会う恒星は、冷めていてシニカルな税理士である。晶に「本音」を引き出させる役割であり、同時に自分もまた不器用な優しさに縛られている。2人の関係は「恋愛」というより、いわば“心の安全地帯”となっている。「恋愛にすらなれない2人」の関係性は、ある意味リアルである。
恋愛・仕事・家族…すべての“呪縛”の群像劇(京谷(田中圭)は元カノと同居中で、優しさが決断を鈍らせる、朱里(黒木華)は承認欲求の裏に孤独を抱える、橘呉羽(菊地凛子)は自由奔放に見えて、結婚観や愛に迷う)が展開され、それぞれが「優しさ」「執着」「自己否定」に苦しみ、晶のストーリーと並走していく多層的な語りになっている。
会話のテンポと“間”は野木節とも言えるもので、台詞の裏に「言えない本音」が見え隠れしている。仕事描写は生々しく、パワハラ・過重労働など、日本企業の現実がリアルに反映される。
最終話は、「全てを投げ捨てて獣になる」わけではなく、少し肩の力を抜き、自分の意思で「もう一度立ち上がる」決断をするというリアルな終わり方である。
“獣”になれなかったのではなく、なりたい自分になるための“最初の一歩”を描くドラマなのだ。
晶(新垣結衣)と恒星(松田龍平)の関係性
この二人の関係性は、恋愛ドラマの“お約束”を裏切りつつ、視聴者に「こんな関係もあっていい」と思わせる、“非恋愛的でありながら親密”な形である。
- 「傷の共有」から始まる絆
晶と恒星は、最初から強く惹かれ合うわけではなく、ビールバー「5tap」での偶然の同席でらる。
晶は、仕事でも恋愛でも「いい人」でいようとして、自分の感情を押し殺し、疲弊しており、恒星は、過去の家族の問題(兄の借金、自分の責任感の重さ)から、人との関わりを避けている。
2人はお互いの“傷”に敏感でありながら、干渉しすぎない。「無理に助けない」「ただ話す」という関係が、2人にとって心地よい距離感なのだ。 - 野木脚本ならではの“非恋愛”設計
通常のラブストーリーでは、出会い→葛藤→恋愛感情の成就が描かれるが、本作では、晶と恒星の間に明確な恋愛的進展はない。そこにあるのは“緩やかな共犯関係”とも言えるもの。野木亜紀子は、二人を「お互いの逃げ場」ではなく「心のリハビリの相手」として位置づけた。“愛”よりも先に“理解”で繋がっている関係なのだ。 - セリフと間に表れる親密さ
2人の会話は特徴的で、沈黙が長く、刺すような皮肉を吐き、時折ぽろっと本音がこぼすというものである。晶 「私、全部我慢してるのかもしれない」
恒星 「我慢できてるうちはまだ平気だ」というように。このやり取りは慰めではなく、相手の現状を肯定する冷静な共感と言える。恋愛の甘さではなく、現実的で成熟した対話が2人を繋いでいる。
- 近すぎない距離”の心地よさ
劇中で二人が触れあうシーンはほとんどない。クラフトビールを挟んだカウンター越し、バーカウンターの斜め座りなど、物理的な距離が心理的距離を表している。感情的にも、二人はお互いに深入りしない。
しかし、相手の存在があることで、一人では抱えきれない重荷を少しずつ降ろせるという絶妙な距離感こそ、恋愛とも友情とも違う「大人の関係性」なのである。 - 最終話の2人の関係は恋愛か?
ラストで、晶と恒星は、5tapで再会し微笑み合う。そこに恋愛的な進展はないが、晶は「獣になれない」自分を受け入れ始め、恒星も少しずつ人との関わりを受け入れる兆しを見せている。
これは「お互いに自分の人生を取り戻しつつある2人の再出発」を示すものとドラマは説明する。恋愛関係ではないが、“この先もお互いを理解し続けるだろう”という希望がある。
二人は決して“愛し合う”のではなく、“お互いを赦し合う”。恋愛よりも深い親密さ、なのだ。
獣になれない私たちのあらすじ
深海晶はIT企業で営業アシスタントとして働き、社内やプライベートで悩みを抱える。行きつけのバー「5tap」で出会った会計士・根元恒星は、彼女の笑顔を「嘘くさい」と評する。晶は仕事でパワハラを受け、恒星との会話で前向きになり、社長に業務改善を要求。恒星とは語り合う仲に。恋人の花井京谷は元彼女・長門朱里を追い出せず、晶との関係が膠着。呉羽は京谷を誘惑し、晶に告げる。晶は京谷との離別に傾き、恒星と関係を持とうとするが未遂に。恒星は京谷に晶と関係を持ったと嘘をつき、怒りを買う。
獣になれない私たちを観るには?
獣になれない私たち キャスト
根元恒星(会計士・税理士) – 松田龍平(小学生時代:伊藤駿太)
花井京谷(大手デベロッパー商業施設開発部の社員) – 田中圭
長門朱里(京谷の元彼女) – 黒木華
橘呉羽(ブランドデザイナー) – 菊地凛子
ツクモ・クリエイト・ジャパン
上野発(新人営業) – 犬飼貴丈
松任谷夢子(営業) – 伊藤沙莉
佐久間久作(SEチームリーダー) – 近藤公園
九十九剣児(社長) – 山内圭哉
樫村地所
橋爪(商業施設開発部部長) – 山口馬木也
筧文彦(京谷の部下) – 吉村界人
恒星の親族
根元陽太(恒星の兄) – 安井順平(小学生時代:坂田響)
根元真美(陽太の妻) – 加茂美穂子
陽太の娘 – 飯尾夢奏
根元亮一(恒星の叔父) – 大河内浩
京谷の親族
花井千春(京谷の母) – 田中美佐子(独身時代:森七菜)
花井克巳(京谷の父で千春の夫) – 白石タダシ(独身時代:前原滉)
花井拓馬(京谷の兄) – 金井勇太
花井文美(拓馬の妻) – 青山倫子
花井凛人(拓馬・文美夫婦の息子で、克巳と千春の孫息子) – 晴瑠
その他の周辺人物
橘カイジ(IT企業代表) – 飯尾和樹
岡持三郎(ラーメン屋店員) – 一ノ瀬ワタル
タクラマカン斎藤(ビールバーオーナー兼店長) – 松尾貴史
獣になれない私たち スタッフ
音楽 – 平野義久(ナチュラルナイン)
主題歌 – あいみょん「今夜このまま」(unBORDE/WARNER MUSIC JAPAN)
挿入歌 – ビッケブランカ「まっしろ」(avex trax)
クラフトビール協力 – 岩﨑カズヒロ
スタンプクリエイター – ユカワヨウスケ
公認会計士・税理士監修 – 柳澤令
医療監修 – 原義明
ECサイト・アプリ監修 – i-enter corporation
介護指導 – アシスト・フジヤマケアサービス
編み物指導 – 市川元子
制作協力 – ケイファクトリー
チーフプロデューサー – 西憲彦
プロデューサー – 松本京子、大塚英治(ケイファクトリー)
協力プロデューサー – 鈴木亜希乃
演出 – 水田伸生、相沢淳、明石広人
製作著作 – 日本テレビ