泥棒成金の感想
リビエラロケが美しいテクニカラー作品(序盤の花屋のシーンが印象的)で、50年代に多く撮られたヨーロッパ観光映画のヒチコック版か。
ヒチコックはたしかのちにトリュフォーに「くだらない話」と語っていたと思うが、サスペンス要素がほとんどなく、結局ゲーリー・グラントが怪盗なんじゃないのかとミスリードする演出で、前半は混乱する。そんなところに美しいグレース・ケリーが登場。日替わりの衣裳が素敵すぎる。映画としての白眉は花火を背景にしたキスシーンである。
中盤にグラントの肝を冷やすオープンカーの爆走シーンがあるが、この女優の死因を考えるとこれは残酷だ。
泥棒成金の見どころ
本作はヒチコックがサスペンスの名匠としての技を封印し、「エレガンスと遊び心」で映画を彩った異色作。美しいコート・ダジュールの景色と洒脱な人間関係を楽しむ映画である。
したがって見どころはコート・ダジュールの陽光、カラフルな衣装と風景、洗練されたユーモアなのだが、随所に「疑惑」「誤解」「二重性」といったサスペンスの種がまかれている。
キャリー・グラントは、“ヒッチコック的ヒーロー”の完成形と言える。
元泥棒ジョン・ロビー(キャリー・グラント)は、かつて「猫」と呼ばれた泥棒で、現在は引退し南仏で静かに暮らすが、新たな盗難事件で容疑をかけられる。彼の優雅さ・ウィット・余裕は、ヒッチコック映画の男性像の理想形と言える。
グラントは単なる容疑者ではなく、観客の目線そのものである。その飄々とした態度は、サスペンスの中にも軽妙な空気をもたらしている。
一方、グレース・ケリーの“冷たく熱い”ヒロイン像が注目に値する。
フランシー(グレース・ケリー)は富豪の娘でありながら、退屈な上流階級の生活に倦んでいる。ロビーに向ける挑発的な視線と知的な会話の応酬はヒチコック的ブロンド美女の典型であろう。
フランシーが夜のドライブで、暗闇の中で見せる冷たく官能的な微笑みは、一見ロマンティックなシーンだが、不穏なエロティシズムが忍んでいる。
本作はヒチコックがテクニカラーを最大限に活用した作品である。コート・ダジュールの青、グレース・ケリーのドレスのピンク、緑、金。色彩そのものが視覚的な快楽と登場人物の心理を表現している。
また高台からの俯瞰ショットや、宝石を狙う“猫”のシルエットなど、視覚的な暗示でスリルが演出される。
ラストの舞踏会シーンは、本作最大の見どころである。
仮面の下に隠された人間の本性、花火の炸裂とスリリングな追跡の交錯。ここでヒチコックは「現実」と「幻想」を融合させ、観客を夢幻的なスリルへと誘う。舞踏会はヒッチコックにとって「映画という劇場」のメタファーなのだ。
『泥棒成金』の仮面舞踏会シーン
サスペンス史に残る名場面と言えるこのシーンを詳しく見ていこう。
- カメラワークの緻密な設計
a. 空間のマッピング
舞踏会の会場は、広大なホール、階段、バルコニーと複雑な構造となっている。ヒチコックはまずパンやクレーンショットで会場全体を見せ、観客に空間を認識させる。この“俯瞰”の視点は、観客を一瞬安心させる。
b. サスペンスの種をまく視点の切替
次いで、カメラはフランシー(グレース・ケリー)の優雅なダンスを追いながら、背後で進行するロビー(キャリー・グラント)の潜入に切り替わる。観客は「華麗な舞踏」と「潜入の緊張」の二重構造を同時に体験する。視点の交錯は、視聴者の心理に「露見するのでは」という不安を生む。
c. “猫”の目線ショット
ロビーが屋根裏を移動するシーンでは、低いアングルの主観ショットを多用。窓越しに宝石を狙う視点が、まるで観客自身が“キャット”(猫=泥棒)になったような没入感を与える。
d. クライマックスの追跡
フランシーの踊る姿の背後で、ロビーが捕まる危機が迫る。カメラは舞踏会の華やかさ(広角)と、ロビーの危機(望遠・切迫感のあるカット)を交互に繋ぎ、時間的な緊張を構築している。 - 象徴性のレイヤー
a. 仮面=偽りのアイデンティティ
舞踏会の参加者は全員仮面をつけている。これは社会的地位、欲望、過去を隠している比喩である。ロビーは「元泥棒」という過去を隠し、フランシーは「退屈な富豪令嬢」ではない自分を模索する。仮面は彼らの“真の顔”がまだ露わになっていないことを象徴しているのだ。
b. 花火=欲望と解放
花火が夜空を彩るたびに、ダンスフロアは一層熱気を帯びる。花火はフランシーとロビーの恋愛的高まり、泥棒=ロビーのスリルを視覚的に象徴する装置である。花火の爆発で、抑圧された感情と欲望の噴出を表現したのだ。
c. 猫=狩る者と狩られる者
ロビーは“キャット”(猫)と呼ばれるが、実際には追われる側の人間だ。仮面舞踏会の中、誰が狩人で誰が獲物なのかが曖昧になる。ラストで真犯人(本当の“キャット”)が暴かれるとき、この捕食者と被捕食者の逆転がクライマックスに達することになる。 - 美学としての仮面舞踏会
視覚的な饗宴
豪華絢爛な衣装、シャンデリアの光、カラフルな仮面は、単なる背景ではなく、「虚飾に満ちた上流社会」への皮肉である。
時間感覚の操作
舞踏会のゆったりしたリズム(ワルツ)と、ロビーの切迫した潜入(早いカット割り)の対比で「時間の伸縮」を観る者に体感させている。
上記のように、このシーンは視覚の遊戯(カメラワーク)、心理的な遊戯(誰が誰を狙っているかの二重性)、美とサスペンスの融合(エレガントな舞踏と冷たい追跡の交錯)というヒッチコック美学の極みと言える名場面なのである。
いわば、虚飾に隠された本性、欲望、恐怖が絡み合う“人生の劇場”なのだ。
泥棒成金のあらすじ
ジョン・ロビーは、かつて「猫」と呼ばれる金持ち専門の宝石泥棒で、戦時中にレジスタンスとして英雄となり、仮出所中。リヴィエラで「猫」の手口を真似た事件が発生し、ジョンは疑われる。彼は仲間や保険会社のヒューソンから情報を集め、コンラッド・バーンズを名乗り社交界に潜入。スティーヴンス母娘をターゲットにするが、宝石は偽者に盗まれる。娘のフランセスはジョンを疑い、彼はとある富豪の晩餐会で偽者への罠を仕掛ける。
泥棒成金を観るには?
泥棒成金のキャスト
フランシー・スティーヴンス – グレース・ケリー
ベルタニ – シャルル・ヴァネル
ジェシー・スティーヴンス – ジェシー・ロイス・ランディス
ヒューソン(ロイズ保険) – ジョン・ウィリアムズ
ダニエル・フッサール – ブリジット・オーベール
フッサール(ダニエルの父) – ジャン・マルティネッリ
ジェルメーヌ(家政婦) – ジョルジェット・アニス