遊星からの物体X ファーストコンタクトの感想
2011年の映画だが初見。カーペンター版の前日譚とのことで、丁寧に伏線を回収し、前作の“犬”を担当したスタン・ウィンストン(2008年に亡くなっている)の残した造形を再現している。
51年のクリスチャン・ネイビー版も含め、この物語の原点は「アスタウンディング」編集長キャンベルの「影が行く」、さらには同誌に掲載されたラヴクラフト「狂気の山脈」にあり、クリーチャーの系譜はクトゥルフ神話的なものである。「影が行く」の完全版である「Frozen Hell」なる長編が発見されたそうで、さらなる続編が製作されるという噂があるが、どうなったか。
本作で疑問なのは「物体」の変身があまりに素早くて(直接の描写はないが)、カーペンター版と同様、一度成り代わると性格も記憶も引き継ぐため映画は心理戦になるのだが、正体がバレると惜しげなく人間らしさをかなぐり捨て、「キシャー!」と怪物化するのはあっけらかんとしすぎていないか。
ひとり生き残るメアリー・エリザベス・ウィンステッドは、いわゆるスクリームクイーン。先日見た「10クローバーフィールドレーン」の女優だが、「ファイナル・デッドコースター」やら、タランティーノの「デス・プルーフinグラインドハウス」でお馴染みの人。
遊星からの物体X ファーストコンタクト 見どころ
- 宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)の再現
ラヴクラフト的恐怖の核心は、「人類の理解を超えた存在に触れてしまう恐怖」である。本作で描かれる“物体X”=異星生命体は、人間に擬態できる能力を持ち、どこからが「人間」で、どこからが「異物」か判別がつかなくなります。まさに「正気を奪うほどの未知との接触(first contact)」であり、「人間の自我や肉体が容易に侵蝕・変容される世界」といったラヴクラフトの描く“旧支配者の侵食”に非常に近いモチーフと言える。 - 【「正体不明」と「同化」による狂気の連鎖
クトゥルフ神話では、知識を得ることが災厄を招く構造が頻出するが、本作でもまさに探求(異星の遺体解剖)が破滅の始まりになっている。
ノルウェー基地の研究者たちは、氷の中の生命体を掘り起こすことで、“触れてはならない”ものに接触する。それは人間を完璧に模倣し、同化していく恐怖。正体を暴こうとすること自体が、自らを疑心と恐怖に落とし込む。
この「知の探求→狂気への転落」のプロセスがクトゥルフ的と言える。 - “不定形”という造形上のクトゥルフ性
クトゥルフ神話の邪神は、多くが“非ユークリッド的”あるいは“不定形(アモルファス)”な形状。物体Xの変異体は、まさにそれである。
顔が二つある異形、骨格を突き破る巨大な触手、生きたまま融合し異種混合される人間の姿は、クトゥルフ神話におけるシュブ=ニグラスの落とし仔やショゴスに近く、“理解不可能な形態”が恐怖の本質になっている。 - 閉鎖空間+対人不信という“狂気の演出”
南極の基地という「外界から完全に隔離された空間」は、典型的なクトゥルフ的舞台装置と言える。「誰が同化されているかわからない」という疑心暗鬼が加わり、まるで『インスマスの影』的な同族不信の構造が再現される。
対立し、分断され、判断を誤る人々、冷静なはずの科学者が“神経症的”に追い詰められていくさまは、「人智を超えた恐怖が、人間社会を崩壊させていくプロセス」そのもの。 - 終盤の“異星船”=クトゥルフ神話の異次元
ラスト近く、主人公たちは異星人の宇宙船に潜入し、内部の装置を目にする。そこは無機質かつ幾何学的に歪んだ空間で、まるでクトゥルフ神話の“ルルイエ”や“異次元都市”のよう。技術的にも文化的にも理解できない、だが圧倒的な“何か”。この「見ることで正気を失う寸前まで追い込まれる空間演出」は、まさに“邪神の神殿に足を踏み入れてしまった探索者”の感覚と重なる。
遊星からの物体X ファーストコンタクトのあらすじ
1982年、南極で発見された巨大宇宙船と地球外生命体を調査するため、古生物学者ケイト・ロイドら混成チームが招集される。氷漬けの生命体は蘇生し、隊員を襲って擬態する能力を持つことが判明。生命体は有機物に同化・複製し、隊員の1人に成りすます。ヘリで脱出を図るも、生命体に擬態された搭乗者により墜落。基地では避難か対決かが議論されるが、ケイトは生命体がすでに誰かに擬態していると主張し、対決を促す。疑心暗鬼の中、隊員たちは次々と生命体に襲われ、怪物化していく。
遊星からの物体X ファーストコンタクトを観るには?
遊星からの物体X ファーストコンタクトのキャスト
サム・カーター – ジョエル・エドガートン
サンダー・ハルヴァーソン博士 – ウルリク・トムセン
デレク・ジェイムソン – アドウェール・アキノエ=アグバエ
アダム・フィンチ – エリック・クリスチャン・オルセン
エドヴァード・ウォルナー – トロン・エスペン・セイム
ジョナス – クリストファー・ヒヴュ
ペダー – スティグ・ヘンリク・ホフ
ラース – ヨルゲン・ラングヘーレ
グリッグス – ポール・ブローンスタイン
ジュリエット – キム・バッブス
コリン – ジョナサン・ロイド・ウォーカー
ヘンリク – ヨー・エイドリアン・ハーヴィン
オラフ – ヤン・ガンナー・ロイズ
カール – カーステン・ビョーンルンド
マティアス – オーレ・マーティン・オーネ・ニルセン
警備員 – マイケル・ブラウン
地球外生命体(スーツアクター) – トム・ウッドラフJr.、アリシア・ターナー
遊星からの物体X ファーストコンタクトのスタッフ
脚本 – エリック・ハイセラー
原作 – ジョン・W・キャンベル『影が行く』
製作 – エリック・ニューマン、マーク・エイブラハム
製作総指揮 – J・マイルズ・デイル、デイヴィッド・フォスター、ガブリエル・ニーマンド、ローレンス・ターマン
撮影 – ミシェル・アブラモヴィッチ
編集 – ジュリアン・クラーク、ジョノ・グリフィス、ピーター・ボイル
公開 – アメリカ 2011年10月14日 日本 2012年8月4日
上映時間 – 104分
『遊星からの物体X ファーストコンタクト』は、単なるSFホラーではなく、クトゥルフ神話における“正体不明の旧支配者と触れた探索者の運命”の縮図を描いた映画です。この記事で少しでも興味を持たれた方は、ぜひ本編をチェックしてみてください。
遊星からの物体X ファーストコンタクトの原作(ジョン・W・キャンベル)
現代SFの真の育ての親、キャンベルの珠玉・中短編集。南極大陸の大氷原の下から探検隊が見つけた、おどろおどろしい物体の話「影が行く」、人類がその尊厳と価値を忘れ去ってしまった二万年後の未来を描いた「薄暮」、原子力発動機にだけ頼ろうとする異星人と人類との闘いを描く「エイシアの物語」など、どの作品も創意にあふれている。28歳のときの作品「影が行く」は、『遊星よりの物体X』(1951)、『遊星からの物体X』(1982)として二度映画化されている。