しあわせな結婚の感想
ドラマ開始にあたって、大石静が、阿部サダヲ演じるヤメ検のキャラが坂元裕二の「スイッチ」(2020)を元にしていると暴露したため、先にそちらを見直し、やはり傑作であることを確認した(「スイッチ」の阿部はまだ検事を辞めていないので、その後弁護士に転身したキャラということなのだろう)。
その阿部サダヲが、コメンテーターで出演中のニュースショー収録中に肺血栓塞栓症で倒れて入院し、病院のエレベーターに乗り合わせた松たか子と電撃的に結婚。そのまま松の一家が暮らすエレベーター付き4階建住宅で暮らすことになる。1階に弟の板垣李光人、2階に夫婦、3階に叔父の岡部たかし、4階に父(段田安則)が住む邸宅である。家族の食事会が毎週催され、それぞれが頻繁に夫婦の部屋に出入りするという、それまでの独身主義とは真逆の生活が始まる。
異常な状況に巻き込まれ、幸福と不安が交錯する阿部サダヲの演技が、サスペンスとしてのドラマのベースとなる。美術修復の専門技術を有し、今は私立高校の美術教師である松は、「18世紀の画家ベルリオーネの『股関節の女』」といったフェイクの美術史情報をぬけぬけと口にするので、明らかに信頼できない存在であることが示される(ただしJPNテレビの堀内敬子Pもその絵の存在を知ることから、ドラマの世界ではフェイクというわけではないらしい)。
判断が保留されたまま、杉野遥亮の刑事が15年前の殺人事件の再捜査を始めるという「本題」に入るが、ドラマはその途端になぜか急につまらなくなる。
事件というのは、松と婚約していた画家(玉置玲央)がアトリエの階段から転落死したというものだが、警察が階上で気絶していた松の「何も覚えていない」という供述を警察が鵜呑みにして事故死として処理したとされており、いかにも雑である(杉野が15年間、松の犯行を疑い続けたのもむべなるかな)。そもそも15年という期間の意味も曖昧だ(一応、警視総監レース絡みで再捜査が始まったという説明はあったが)。
その他、ドラマの中盤は、板垣の下にもう一人死んだ弟がいたとか、板垣が誘拐されて身代金を要求された事件があったとか、豊富すぎる伏線に費やされる。いずれも形式的には説明はされるものの、なんでそんな設定を盛り込んだかは、ちょっとわからない(たとえば何度も描写される松の寝相が、玉置の死体を思わせる姿勢であることも、思わせぶりな「伏線」のひとつ)。

股関節の女と死んだ玉置の姿勢との類似

阿部サダヲが番組で求められるこのポーズも譜関係とは思えない
記憶をフラッシュバックさせつつ、杉野が言う通りに自分が犯人なのではないかと松が悩むヒチコック風のサスペンスを経て終盤にいたり、犯人とそれを隠匿した者がようやく明らかになるのだが、あまりに予想の範囲内であることに驚かぬ人はいないだろう。犯人当てのサスペンスが異常なほど軽視されているのである。
松が大きな裁断鋏を手にしたまま阿部と抱き合う最終回のハッピーエンドもまた形式的であり、思わせぶりである。

断裁鋏をもつ松との抱擁
さらに幕切れでは松が意味ありげなイタリア語の寝言を言う(これは「Quando moriremo saremo insieme(死ぬとき、私たちは一緒)」だったそうで、深い意味はないように見える)。

しあわせな結婚 ラストカット
というように、最後まで、裏がありそうなほのめかしに満ちたドラマであった。
言うまでもなく、この「裏」に通じる謎とは、松たか子演じるネルラという女の存在である。
最終回で彼女は失踪し、メーラーに宛名だけの下書きで告白文を残す。阿部サダヲは杉野経由でSSBCにメールの復元を依頼するのだが、これはネルラの本業である修復作業と重なる。つまりネルラは自分に馴染みのある修復に阿部サダヲを導くために、PCのパスワードを阿部の誕生日に設定したと考えられる。
ネルラは玉置殺害の真相を暴いたために家族が離散したと阿部を強く非難し、離婚を言い渡していた。事件解決を否定する彼女は、いわば反ドラマ的な存在であり、阿部とは決定的に断絶がある。阿部はネルラの行動原理を予想することはできても、理解することはできないのだ。それは愛情とはまた別の問題である。
すなわち、ここではごくシニカルな夫婦のあり方が描かれており、そう考えれば、ネルラがもらした寝言の「私たち」が指すのは、夫婦のラブストーリー的な「私と幸太郎さん」ではないだろう(おそらく4つのフロアに暮らす家族を指すのだ)。
「スイッチ」の阿部サダヲは、「松たか子を止める人」だったわけだが、ここでもやはり似たような立場に立たされていると感じる。
しあわせな結婚のあらすじ
元検事という華々しい経歴を持つ有能弁護士であり、クイズ番組やニュース番組でもコメンテーターとして活躍する原田幸太郎。多忙な日々を送っていた幸太郎だが、ある日テレビ番組の収録中に突然倒れ、救急搬送されてしまう。何とか一命を取り留め歩けるまでに回復した幸太郎は、病院のエレベーターの中で父の見舞いに訪れたという美術教師の鈴木ネルラと出会う。美しくミステリアスな雰囲気のネルラにすっかり魅入られた幸太郎は、退院日を知らせるメールを彼女に送信するが、退院日当日に何とネルラが迎えに現れる。ネルラは大胆にも幸太郎を自宅へと誘い、50年間独身主義を貫いてきた幸太郎はそのままネルラと電撃結婚を果たす。
ネルラの父である寛、叔父の考、弟のレオら鈴木家との慣れない親族付き合いや、一風変わったネルラの言動に戸惑いつつも、新婚生活を満喫する幸太郎。ある日、仕事終わりにネルラと2人で食事をしに行く約束をするが、時間になってもネルラは現れず、心配して彼女を探しに出た幸太郎が目にしたのは見知らぬ若い男と車に乗るネルラの姿だった。帰宅したネルラに「何か困っていることがあれば言ってほしい」と伝える幸太郎に、「今は何も言えない」とネルラは口を閉ざすばかり。釈然としない日々を過ごす幸太郎だが、とある仕事先でネルラと共にいた若い男と遭遇する。男は警視庁捜査一課の刑事・黒川で、15年前に発生した若手画家不審死事件を追っており、事件の再捜査が開始されたこと、そしてネルラはその被疑者であると聞かされる。
しあわせな結婚を観るには?
しあわせな結婚 キャスト
鈴木ネルラ(高校の非常勤美術教師) – 松たか子
■鈴木家
鈴木レオ(デザイナー兼スタイリスト) – 板垣李光人(幼少期:岩川晴)
鈴木考(ゴルフのレッスンプロ) – 岡部たかし
鈴木寛(缶詰メーカー創業社長) – 段田安則
■原田こうたろう法律事務所
今泉憲資(弁護士) – 金田哲
臼井義男(弁護士) – 小松和重
■ニュースホープ(JPNテレビのワイドショー番組)
梶原拓(MC) – 馬場徹
アナウンサー – 弘中綾香(テレビ朝日アナウンサー)
曽我(ヘアメイク) – 辻凪子
倉澤ちか(総合プロデューサー) – 堀内敬子
■周辺人物
黒川竜司(警視庁捜査一課) – 杉野遥亮
布勢夕人(画家) – 玉置玲央
■白鳳女子大学附属高校の生徒たち
山下朱音 – 泉有乃
中野美海 – 竹下優名
与田星羅 – 原田花埜
門真カレン – 松崎未夢
しあわせな結婚 スタッフ
音楽 – 世武裕子
主題歌 – Oasis「Don’t Look Back In Anger」(Sony Music Labels Inc.)[64]
ゼネラルプロデューサー – 中川慎子
プロデューサー – 田中真由子(テレビ朝日)、 森田美桜(AOI Pro.)、 大古場栄一(AOI Pro.)、 山形亮介(テレビ朝日)
監督 – 黒崎博、 星野和成、 楢木野礼
制作協力 – AOI Pro.
制作著作 – テレビ朝日