2001年の映画映画2000年代の映画

家路

4.0
ミシェル・ピコリ(家路) 2001年の映画
ミシェル・ピコリ(家路)
『家路』(原題:フランス語/Je rentre à la maison、ポルトガル語/Vou Para Casa、英語/I’m Going Home)は、マノエル・ド・オリヴェイラの監督・脚本により、フランスとポルトガルが合作した2001年の映画。

『家路』ってどんな映画?

舞台の幕が下りた直後、突然の悲劇によって家族を失った老俳優。喪失の痛みを抱えながらも、彼は日々のささやかな習慣を愛し、演じることで自らの尊厳を保ち続けようとする。ポルトガル映画界の至宝マノエル・ド・オリヴェイラが、老いと孤独、そして芸術の気高さを静謐なユーモアとともに描き出した珠玉の人間ドラマ。

見どころは、名優ミシェル・ピコリの佇まいと、彼を取り巻く巨匠たちの豪華な共演だ。ジルベールの元にアメリカ人の映画監督ジョン・クロフォード(ジョン・マルコヴィッチ)から、ジョイス原作の映画への出演オラ―が届く。若い女優シルヴィア(レオノール・バルダック)や、マリー(レオノール・シルヴェイラ)、エアリエル(シルヴィー・テステュー)、フェルディナンド(アドリアン・ド・ヴァン)ら共演者に囲まれた撮影現場。しかし、そこで彼を静かに見守る守衛(リカルド・トレパ)や医師(ジャン=ミッシェル・アーノルド)、劇中の乳搾りの女(イザベル・ルート)らの視線の先で、ジルベールはある限界を感じ、自分の居場所へと帰る決意をする。

悲劇に背を向けることなく、ただいつものように歩き、演じ、孫と過ごす。その普遍的な日々の尊さ。人生の黄昏時に見出す静かなカタルシスを、映画への深い愛とともに洗練された映像美で綴った、心に深く染み渡る映画史の傑作だ。

あらすじ

年老いた舞台俳優ジルベール・ヴァレンス(ミシェル・ピコリ)は、妻と娘とその夫が自動車事故で死んだという知らせにショックを受ける。やがて時は過ぎ、ヴァレンスはパリで忙しい日常を過ごしており、テレビ番組のくだらない役は断りながら、9歳の孫の面倒を見ていた。ある時、アメリカ人の映画製作者(ジョン・マルコヴィッチ)が、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』のずさんな翻案作品にヴァレンスをミスキャストしてしまい、ヴァレンスは自分の人生について重大な決断を迫られることになる。

キャスト

ジルベール・ヴァレンス(舞台俳優) – ミシェル・ピコリ
セルジュ(孫息子9歳) – ジャン・ケルトジャン
マルグリット・ギレルミーヌ(家政婦) – カトリーヌ・ドヌーヴ
ジョン・クロフォード(米映画監督) – ジョン・マルコヴィッチ
ジョルジュ(友人でエージェント) – アントワーヌ・シャペイ
シルヴィア(若い女優) – レオノール・バルダック
マリー – レオノール・シルヴェイラ
守衛 – リカルド・トレパ
医師 – ジャン=ミッシェル・アーノルド
フェルディナンド – アドリアン・ド・ヴァン
エアリエル – シルヴィー・テステュー
乳搾りの女 – イザベル・ルート

楽観性に支えられた、明るい映画。

原題は「Je rentre a la maison」(私は家に帰る)。

見ていると、孫を残して家族を全員喪った孤独な老人ミシェル・ピコリがいつ疲労をおぼえはじめるかと、はらはらする。
しかし、実際には、映画「ユリシーズ」のためのメーキャップでみるみる変身していく自分を鏡の中に見つめるミシェルの目には、驚きと、明らかに愉しんでいる様子が浮かんでいたりするのだが。
もちろん、疲労は否応なくしのびよる。しかし、おそらくそれは忌むべきものではないのだ。疲れたら家に帰ればいいのだ。
日常の煩わしさも、自分に干渉する他人の思惑も、そして孤独も、軽やかにやりすごせばよい。そんな楽観性に支えられて、この映画は明るい。

いくつもの長いシーンにしびれる。

DVDにはオリヴェイラのインタビューが収録されている。ゆっくりと言葉を吟味して語る老人の話は、正直、もうすごくくどくて、いつ本題に入るものやら、こちらもはらはらしてしまう。

『家路』を観るには?

『家路』作品情報

監督 – マノエル・ド・オリヴェイラ
脚本 – マノエル・ド・オリヴェイラ
製作 – パウロ・ブランコ
公開 – 2001年10月2日 (フランス)、2002年8月14日 (U.S.)、2002年3月2日 (日本)
上映時間 – 90分

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