佳那 晃子(かな あきこ)さんは1956年〈昭和31年〉3月8日生まれ、2026年〈令和8年〉3月21日没。本名は関田祐子で旧芸名は大関優子。
トキワ松学園女子短期大学絵画科在学中、父の友人であった画家から「テレビで新人女優を募集しているから受けたらどうか」と打診され、芝居をやるか絵を描くか悩んでいた時期だったが、冗談で応募したら、NTV主催のミス『水滸伝』コンテストで2位入選し、それを機に芸能界入りした。このコンテストの審査員・中村敦夫の事務所に入り、1974年に17歳で吉村公三郎監督『襤褸の旗』にて、大関優子の芸名でデビューした。
ヌードシーンもある1980年公開の映画『ザ・ウーマン』で芸名を佳那晃子に改める(同作の企画に参加していた小池一雄がこの名付け親)。
デビュー時からはっきりした目鼻立ち・妖艶な色気・脱ぎっぷりの良さで人気を集め、『魔界転生』では病気降板した高瀬春奈の代役で細川ガラシャ役に抜擢された。
1990年に源高志と結婚。源が前妻と離婚するのを待っての入籍だったため、公表されたのは1年半後。源はバブル崩壊後に経営する会社のトラブルを発端とした多額の借金を抱えており、返済のために倹約生活を送ったが、もともと堅実な金銭感覚の持ち主だったため、返済は着実に進んだ。テレビドラマでは2時間ドラマをメインに出演し、1994年にはヘアヌード写真集『幻想』を発売したが、これも借金返済の足しにする目的だったという。
2009年12月19日に朗読劇で女優業に復帰したが、2013年1月10日に自宅でクモ膜下出血により最も重い「重度5」の意識不明状態となり、脳死もしくは植物状態と診断されたが、蘇生措置により回復、その後の治療の結果、8月には問いかけに手足の動きや瞬きなどで反応できるまでになった。
2026年3月21日午前2時19分、尿路感染症のため静岡県東伊豆町の病院で死去。享年70歳。

