anoneの感想
今季もっとも注目されることになるであろうドラマ。坂元作品は冬に決まっているのか。「話が暗すぎる」と視聴率を取れなかった「この恋を思い出してきっと泣いてしまう」よりもさらに暗い設定。
広瀬すずは鬼のような倍賞美津子が所長を務める更生施設で人格を破壊された19歳で、両親は事故死した弟の後を追って自殺、ネットカフェで暮らしながら特殊清掃員の仕事をしている。唯一の楽しみは見知らぬ少年とのチャットだが、少年は不治の病で死が近い。これに、死に場所を探している阿部サダヲと小林聡美、相変わらず生気のない田中裕子、金に目が眩んで裏切るネットカフェの仲間が絡む。
書き出してみると、笑ってしまうほど挑戦的に暗い。さらに暗い目をした瑛太が満を持してという感じで登場。嘘と贋物、青の対比などによって真実や赤を浮かび上がらせる。
坂元裕二でおなじみの長い手紙がチャットの形で交わされる(これがanoneというタイトルの所以)初回は、偽札の入ったカバンが次から次へと手渡されるスピーディーな展開が面白かった。終盤では広瀬すずの10分の熱演が話題になった。
坂元裕二は本作終了後に連ドラ休業宣言。このクオリティを保つのは難しいのだろう、と思われたが、2年の休止のあと、コロナ禍下にリモートドラマと「スイッチ」を発表した後、21年に「大豆田とわ子と三人の元夫」と映画「花束みたいな恋をした」、22年に「初恋の悪魔」、23年に映画「怪物」と精力的に活動している。
anoneの人物相関図
anone 見どころ
坂元裕二は日常会話の中に人生の本質を滲ませる。本作の登場人物たちは、いずれも社会の片隅で傷を抱えて生きる人々であり、彼らが交わす言葉は、シンプルでありながら、どこか哲学的だ。
たとえば、
人は嘘の中にしか生きられない。でも、本当のことだけは誰か一人に伝えたい。
という台詞は、「偽札づくり」という物語のモチーフと、人間が抱える“本音と建前”の二重性を重ねたものである。
坂元脚本では「台詞の間」も重要な意味を持つ。
ハリカ(広瀬すず)と亜乃音(田中裕子)の会話には「気遣い」と「孤独」が同居している。
亜乃音がハリカに向けて
あなた、まだ誰かに優しくされたいと思ってる?
と問う場面。その問いかけには、自分自身の孤独と優しさへの渇望が反映されており、言外の感情が台詞の“間”に宿っている。
通常なら鋭利な台詞が飛び交う状況でも、坂元脚本は柔らかく包み込む言葉が選ばれる。これは登場人物の弱さや不器用さを浮き彫りにし、観客に“自分にもこんな感情がある”と共感させる効果がある。
そして、独特の詩性。
私たちは嘘の海を泳いでる。でも、その海で溺れずにいるためには、小さな真実が浮き輪になる。
この台詞は、嘘=偽札/世間の虚飾を表し、小さな真実こそが愛情や信頼であるという作品全体のテーマを一文で示すものだ。
『anone』の台詞は、聞き流すにはあまりに重く、美しい。登場人物が交わす一言一言が、観る者の心にひっそりと沈殿する。
印象的な台詞ベスト5
「『anone』の台詞は、優しさと孤独、嘘と真実の間にある“人間らしさ”をそっと掬い上げる。その深さが、ドラマ全体を詩のようにしている。
- ハリカとの関係を“疑似母娘”へと変える起点
人は嘘の中にしか生きられない。でも、本当のことだけは誰か一人に伝えたい。
―亜乃音(田中裕子)亜乃音は「偽札作り」という嘘を抱えつつ、ハリカに自分の過去や孤独を少しずつ打ち明ける。この台詞は、人間関係の核心を突くもの。社会の中では「建前」を演じ続けるが、誰か一人にだけは「本音」を明かしたい。亜乃音自身が、ハリカという存在に対して「本音を託したい相手」として心を開き始めている心理を表わしている。
- 持本の不器用な優しさが短いひとことに凝縮
生きるのは、そんなに簡単なことじゃない。でも、そんなに難しいことでもない。
―持本舵(阿部サダヲ)持本は過去のトラウマから「生きること」に消極的だった。この台詞は、自分自身への戒めと同時に、ハリカや亜乃音に向けた“優しい諦観”。「簡単じゃない」は現実の厳しさ、「難しくもない」は人間関係や小さな希望の価値を表している。
- “優しさを恐れなくていい”ことを教える
優しさは偽札みたいなもの。本物じゃない。でも人を救うことはできる。
―持本舵(阿部サダヲ)「偽札」という本作の象徴と、「人間の偽りの優しさ」を重ねた名台詞。舵は自分の優しさが“偽善”だと悩んでいたが、この台詞は「偽善でも意味がある」という一歩先の答えと言える。人の優しさは完全無欠でなくても、誰かを支える力になり得るというヒューマニズムの核心。
- 「anone」というタイトルが暗示する“曖昧な真実”を象徴する一言
本当のことは言わない方がいい。でも、嘘ばかりでは生きていけない。
―亜乃音(田中裕子)亜乃音の過去の秘密(娘との関係、偽札)を隠しながらも、ハリカには真実を伝えたい葛藤の表現。嘘と真実の間で揺れる人間心理を、これほど簡潔に表現した台詞があるだろうか。
- 「生きること」の意味を静かに問いかける
生きているとね、どんなにひどいことがあっても、時々は嬉しいことがある。
―亜乃音(田中裕子)この台詞はハリカにとって“生きる理由”を再確認させる。大きな幸福ではなく、小さな喜びの積み重ねこそが人を救う、という作品のメッセージ。過去に家族を失った亜乃音だからこそ言える重みがある。
anoneあらすじ
辻沢ハリカ(広瀬すず)は、自分の世界に閉じこもりがちで、どこか挙動不審。幼少期は真逆の性格で、天真爛漫で野放図だったが、両親とある事件をきっかけに隔絶し、ネットカフェを住みかとして暮らしている。そんななかハリカは一人の老齢の女(田中裕子)と出会う。その女も、欺かれ、裏切られ、人を信じる心さえ失くしていたが、お互いに何かを感じて、2人は偽物の家族として生活を始める。そしてある事件が起こる…。
anoneを見るには?
こちらもどうぞ
anoneのキャスト
青羽るい子 – 小林聡美
持本舵 – 阿部サダヲ
中世古理市 – 瑛太
花房万平 – 火野正平
林田亜乃音 – 田中裕子
林田京介 – 木場勝己
青島玲 – 江口のりこ
紙野彦星 – 清水尋也
花房三太郎 – 和田聰宏
中世古結季 – 鈴木杏
青島陽人 – 守永伊吹
中世古彩月 – 山岸理樹