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天城越え(2025)の感想
ご存じ、大正15年(「伊豆の踊り子」の発表年)に下田の鍛冶屋の倅が家出したが、修善寺あたりで引き返すことに決め、帰路で美しい娼婦ハナと邂逅したものの、ハナと土工の情交を目撃してかっとなり土工を刺し殺してしまうという話である。
結局凶器が見つからなかったために無実になったハナが生き延び、現代で印刷所を経営者する語り手と再会するというオチは、1998年の田中美佐子版から来ている(原作および三村晴彦の映画版では、ハナは獄死している)。本作では生田絵梨花だったハナがなんと若村麻由美になり、萩原聖人がどうやら30年前の少年だと気づいている風な演出になっており、そこで罪が浄化されたみたいなので、自宅に戻ったハギーが庭のお稲荷さんのようなもの(あれは何なのだろう?)に手を合わせて慟哭する意味が不明である。
まず、少年の手足が長く頭も小さいモデル体型なのが興醒めである。次にハナだが、やはり刑事の渡瀬恒彦に意地悪されて本当にオシッコを漏らした田中裕子には、遠く及ばない。それにしても、夜鷹でお馴染みの、娼婦が頭から布をかぶり端を口にくわえる仕草は、一体どこから来ているのだろう(これは映画の田中裕子も同じである)。
さて、未解決事件から30年経って老境にさしかかったところで刑事がやって来るところが、この話のミソなのだが、映画では当時29歳の渡瀬恒彦がヨボヨボの老人になる演技をじっくり見せ、上記の田中美佐子版ですら、30年後のハナを田中が老け演技していた。本作では岸谷五朗だけが両方を演じているものの、やはり迫力には欠ける。映画では渡瀬恒彦と平幹二朗が夕暮れの事務所で対峙する長回しがやはり白眉だった。
映画との比較で言うと、手術中の平幹二朗の手からこぼれた置き屋のマッチを見て、渡瀬恒彦がすべてを悟るのだが、本作では生田絵梨花からもらった鈴が何の役にも立っていない。
というわけで、結局、83年の三村晴彦版を部分的に見直してしまったのだったが、2時間ドラマよりも予算が低かったというこの映画は、加藤泰と野村芳太郎の権力闘争の体をなしており、余計なことをいろいろ考えてしまう。
天城越えの見どころ
- 生田絵梨花の体当たり演技
当時の遊郭で生きるハナの苦悩と、初恋の相手・次郎との儚い時間。演技に込められた繊細な感情が胸に響く。 - サスペンスと人間ドラマの融合
無罪か有罪かを巡る真相追究と、人間の業や過去の記憶がわだかまる重厚な展開。静かな山の風景の中で繰り広げられる心理戦が緊張感をあおる。 - 映像と美術の深い没入感
衣装、小道具、ロケ地の風景など、昭和感を丁寧に再現。映像美と重厚な音楽が、ドラマの世界観を強く引き立てていた。
天城越え(2025)のあらすじ
昭和31年。静岡県で印刷業を営む望月次郎は、定年間近の田島刑事から「刑事捜査資料」の印刷を頼まれる。その犯罪事例の中に、時効を過ぎた土木作業員殺害事件の記述があり、「修善寺の遊女」大塚ハナと、天城トンネル付近で目撃された14歳の少年について書かれていた。
「少年」は31年前の次郎、大塚ハナは初恋の女性だ。当時、はだしのまま手に手をとって天城峠を越えた、数時間の恋。ハナの笑顔、美しい歌声、手のぬくもり――夢のような時間のあと、自分と別れたハナは土木作業員を殺し、逮捕された。警察署での田島の強引な取り調べに殺害を自供したのはハナだが、不自然な自供ではあった。まるで誰かをかばっているかのような……。
田島刑事はなぜ望月を訪ねて来たのか? なぜかくも執念を持って望月を追い詰めるのか? やがて、事件の“真相”は明かされ、望月は、ハナと運命の再会を果たす。
天城越えを観るには?
天城越え(2025)キャスト
田島貞藏:岸谷五朗
望月次郎:萩原聖人(少年期:末次寿樹)
土工:奥野瑛太
菊乃:岡田結実
置屋の女将:杏子
次郎の母・望月キヨ:篠原ゆき子
熊川刑事:波岡一喜
刃物問屋:高木勝也
菓子屋:今野浩喜
氷職人:温水洋一
呉服屋:田口浩正
天城越え(2025)スタッフ
原作:松本清張『黒い画集』より
脚本:羽原大介
音楽:fox capture plan
演出:金澤友也
制作統括:黒沢淳(テレパック)、訓覇圭(NHKエンタープライズ)、本木一博(NHK)
プロデューサー:藤尾隆(テレパック)
天城越えの原作(松本清張)
浮気、不倫、密通…。自分だけの「脆い秘密」によって、自滅していく男と女。
雑誌好評連載から著者みずからが厳選。7作品を集めた決定版。名作『天城越え』も収録。
安全と出世を願って平凡に生きる男の生活に影がさしはじめる。“密通”ともいうべき、後ろ暗く絶対に知られてはならない女関係。どこにでもあり、誰もが容易に経験しうる日常生活の中にひそむ深淵の恐ろしさを描いて絶賛された連作短編集。
部下のOLとの情事をかくしおおすために、殺人容疑を受けた知人のアリバイを否定し続けた男の破局を描いた『証言』など7編を収める。