たづたづしの感想
63年発表の清張短編が原作。「愛のきずな」のタイトルで69年に映画化(原千佐子)され、ドラマは十朱幸代版(78年)、本作(92年)、牧瀬里穂版(02年)がある。
タイトルは万葉の「夕闇は 道たづたづし 月待ちて 行ませ我が背子 その間にも見む」から来ている。「はっきりしなくて不安」という意味だが、要するに、つまり情深い女の家に通い婚する話である。
農林省の役人(古谷一行の凡庸さがうまい)はふとしたことから幸薄い吉川十和子(君島姓になる3年前)と知り合い、武蔵境駅北口の水車(玉川上水なのだろう)の傍らにある女の家に通いつめ(妻のいる自分の家があるのは南口)、ついに離婚を迫られて窮し、上諏訪まで呼び出して絞殺する。
しかし吉川は記憶喪失になって生き返り、古谷はわざわざ上諏訪まで彼女を連れ戻しに行く(古谷のことを覚えていないのにまた吉川をアパートに囲ってしまう古谷の心理は説明不能である)。
その後、吉川は出所した夫(がいたのだ)とヨリを戻しながらも古谷の子を生んで30年が経過。吉川を忘れられなくて仕事に身が入らず、ぱっとしないままヒラ役人で退職した古谷の、一生を棒に振ったかのような佇まいがラストカットという、なんだか身につまされるストーリーで、男の人生のむなしさ全開である。
本作をホラーにしたのが、筒井康隆に「鍵」という怖い短編だと思う。
たづたづし 見どころ
- 君島十和子が演じる「初々しさ」と「葛藤」
「たづたづし」という古語そのものが、君島十和子の持つ“静的な美”や“儚さ”を象徴しており、主人公の内面の揺れと成長を繊細に表現している。君島は当時、雑誌モデルから女優へと転身していた時期であり、本作における透明感、品のある佇まいは、女性としての自立と恋の入り口に立つ若い女性像をリアルに演じた貴重な映像記録でもある。 - 中間管理職の鬱屈と転落願望
鈴木良平は中間管理職の役人であり、地位や家柄に縛られながら、心は空虚なまま日常を過ごしている。「社会の中では安定しているが、内面は空洞化している中年男」は、松本清張の作品に頻出する主人公像と言えるが、そうした男たちがえてして心のよりどころを外部の女に求めるという構図は清張的である。 - “運命の女”による引きずり込み(ファム・ファタール)
良平が出会う平井雪子は、はかなく美しいながらも、「服役中の夫」がいる。清張作品では「男の運命を狂わせる女」の存在がしばしば鍵となる。雪子もまさにその類型であり、清張的な“逃れられない女”として描いている。彼女との関係は、最初は癒しであったものが、やがて破滅的な選択(殺人)へと男を追い詰めていくという構造。 - 日常と非日常の急転:リアリズムとサスペンスの混合
物語はありふれた「不倫関係」から始まるが、やがて殺人、失踪、記憶喪失というミステリーへと転がり落ちていく。清張作品の典型的構造で、地味で日常的な風景から、突如として人間の暗部が露呈する社会派サスペンスと言える。「信州に連れ出しての殺人」から「雪子にそっくりの記憶喪失の女性の出現」という展開には、因果や罰、そして心理的圧迫の描写が連鎖していく清張の構築美が感じられる。 - 逃れられない“後ろめたさ”と“因果”の描写
良平は雪子を殺して終わったわけではなく、「そっくりの女の存在」によって精神的に追い詰められていく。「物理的には事件を完結させたが、心理的には全く終わっていない」という構図も清張らしく、罪と逃避、そして無意識の罰意識に苦しむ男の心理描写は、清張の作品群に一貫して流れる主題のひとつである。 - 女性の強さと男の弱さの対比
雪子は「離婚して良平と再出発しよう」と明確な意志を持って行動する女性。良平は「現実を壊したくない」という理由で逃げ、最終的に殺人という最悪の選択をする。このように、女性の能動性と、男の臆病さ・弱さの対比も松本清張作品の典型である。
たづたづし あらすじ
旅行会社の総務課長代理・鈴木良平は専務の娘と結婚していたが、何かと父の権威を笠に着る妻との生活は冷えていた。ある雨の夕方、良平は線は細いが可憐な女性・平井雪子と知り合う。乾いた家庭生活の代償に良平は雪子に誠心誠意を尽くし、雪子も良平を深く愛するように。ところが雪子には目下服役中の夫がいた。良平は大きな衝撃を受け、夫と離婚し自分との再婚を望む雪子をなだめようとするが、雪子の決意は固かった。現在の生活の崩壊を怖れる良平は、悩んだ末、雪子を信州に連れ出し、ついに彼女の首を絞める。しかし雪子そっくりの記憶喪失の女性の存在を知り、良平は新たな恐怖に苛まれるようになる。
たづたづしを観るには?
たづたづしのキャスト
平井良子:吉川十和子
新田美奈子:佳那晃子
平井晃:内藤剛志
江藤課長:津嘉山正種
渋谷一三(営林署長):山谷初男
平井順(良子の息子):山口仁
嵯峨周平、志賀圭二郎、町田真一、松田朗、加藤満、高橋ひろ子、吉本選江、石井富子 ほか
たづたづしのスタッフ
演出:嶋村正敏(日本テレビ)
企画: 小坂敬、松本陽一
プロデューサー: 嶋村正敏、松村あゆみ(日本テレビ)、森敏樹、坂梨港(電通)
音楽:大谷和夫
制作協力:NTV映像センター
製作著作:日本テレビ
たづたづしの原作(松本清張)
最近課長に昇進したばかりの32歳の「わたし」は24歳の平井良子という女性と関係を持つが、自分には夫がいて恐喝傷害で刑務所に入っており、あと1週間で出所すると告白される。社会的立場の崩壊を恐れたわたしは、良子を長野県富士見駅近くの山林に連れ出して首を絞めたが、数日経っても新聞に良子の死体発見の記事が出なかった。徐々に不安になってきたわたしは長野県の地方紙を調べ始めたが、驚くべき記事がわたしの目に入った。