『聞かなかった場所』ってどんなドラマ?
完璧だったはずの女キャリア官僚の日常を引き裂く、夫の突然の失踪と、疑惑の場所に残された謎の足跡。松本清張の知る人ぞ知る傑作短編を原作に、名脚本家西岡琢也が現代の組織社会に生きる人間の孤独を絡めて翻案。地位やプライドを守ろうとする人間の嘘と、愛憎の果てに潜む冷酷な真実が静かに交錯する傑作心理サスペンスドラマ。
見どころは、プライドの高いヒロインが、夫の「決して聞きたくなかった秘密」を暴いていくプロットと、じわじわと迫る連続毒殺事件の恐怖だ。
失踪した夫(伊藤洋三郎)の行方を追うエリート官僚・浅井恒子(名取裕子)は、かつての自分の部下であった久保孝子(酒井美紀)の存在に行き着く。孝子宅の家政婦の証言や、英夫の教え子、義妹らの言葉から、夫と孝子が密かに紡いでいた嘘と裏切りの輪郭が浮き彫りになっていく。
さらに、怪しげな薬局店主(大杉漣)や、看護師も登場し、劇薬を用いた謎の死が連続。事件の真相を闇に葬ろうとする巨大な思惑と、情念に突き動かされた犯罪の真実が絡み合い、孤立無援となった恒子は精神的な焦燥の極限へと追いつめられていく。
自らの地位と名誉を守るためにすべてを黙認し、知り得てしまった不都合な真実から目を背けるか。それとも、すべてを失う覚悟で、愛した夫の最期の足跡と自らの歪んだ愛に向き合うか。終わりなき追跡の果てに、孤独な女性キャリアが最後に下す、あまりにも非情で切ない選択とは。
実力派キャストが魅せる張り詰めた演技の応酬と、松本清張文学が持つ人間の業(さが)を現代の社会構造の中に鮮烈にあぶり出した、一級のサイコミステリー・サスペンスだ。
あらすじ
厚生福祉省の女性子育て支援局次長として、次期局長の座を目前に控えたエリート官僚・浅井恒子(名取裕子)は、小説家である夫の英夫(伊藤洋三郎)を支えながら、自他ともに認める理想の家庭を築いていた。しかしある日、英夫が謎の失踪を遂げたことから、恒子の完璧な日常は崩壊。加えて、省内では審議官の市川(藤堂新二)や大臣(森下哲夫)をも巻き込む汚職疑惑が浮上。部下の沼袋(金田明夫)らが対応に追われるなか、警視庁捜査一課の切れ者刑事・下岡(渡辺いっけい)が恒子の周囲を調べ始める。
キャスト
久保孝子 – 酒井美紀 (恒子の元部下)
高橋千代吉 – 大杉漣 (薬局店主)
沼袋潔 – 金田明夫 (恒子の部下)
浅井英夫 – 伊藤洋三郎 (恒子の夫。小説家)
石田博美 – 川上麻衣子 (恒子の義妹)
花井駒子 – 石井トミコ (孝子宅の家政婦)
下岡有作 – 渡辺いっけい (警視庁捜査一課の刑事)
丸山芳江 – 茅島成美 (英夫の教え子)
市川洋介 – 藤堂新二 (厚生福祉省審議官)
橘真弓 – 森奈みはる (看護師)
厚生福祉省大臣 – 森下哲夫
村松恭子、大草理乙子、中條サエ子、小柳友貴美、小池真吾、西尾浩行
感想
原作(1970~71年に週刊朝日連載)は、定年までの年数を指折り数えている小心者のノンキャリ官僚が、妻の不審死の真相を執拗に調査し、ついに、奥手だと思い込んでいた妻の奔放な行動を突き止めるという実話小説のような筋書きで、本作は79年、97年に続く3度目のドラマ化である(2011年)。
ドラマ化第1作は藤田まことと大谷直子(これはイメージにぴったり)、2作目は風間杜夫と大島さと子が夫婦を演じた。
本作ではとうとう夫婦を逆転させてしまい、名取裕子の官僚、伊藤洋三郎の小説を書けなくなった無職夫という換骨奪胎設定になっている。
自邸での浮気相手との房事中にボヤが起こり、慌ててバケツで消火するうち相手が心臓麻痺で斃れたので、隣家の薬局(原作では化粧品店)に死体を運んだという死の経緯そのものは、原作に沿ったものではあるが、その舞台が原作の代々木ではなく、なぜか北大塚というまるで文脈の異なる場所に変更されていて、大変に興醒めである。
原作の怪しい魅力は、なんといっても、妻が不審死をとげた場所が、代々木山谷(今で言う南新宿と参宮橋の間)という昭和ロマンスの香り漂う「坂の途中」だったことにあったからだ。

本作の名取裕子は、「厚生福祉省」(略して厚福省)で女性初の局長昇進を控えているやり手の副局長という設定で(原作では清張おなじみの農水省の課長補佐だった)、地方講演で少子化対策の持論を展開する姿など颯爽としていてサマになっているのだが、激務の合間に調査を進めて、夫の浮気相手が、かつて部下だった酒井美紀であることを知る。
終盤には主人公と浮気相手の対決があり、原作通り、それまで下手に出ていた酒井が開き直るのだが、そのシーンだけはなかなか良く、そこから逆算して脚本を組み立てたのかと思うほどだった。
2023年のフシギなドラマ「すべて忘れてしまうから」で、意表をつく眼帯の女を演じていた酒井美紀は、実はなんと不二家の取締役であることを今知ったのだが、タダモノではない存在感があると思う。
聞かなかった場所 スタッフ
監督:黒沢直輔
選曲:合田麻衣子
合成:日本映像クリエイティブ(長部恭平)
操演:シールズ(高橋昌志)
撮影協力:高崎市、高崎シティギャラリー、前橋市、箕郷文化会館、高崎商科大学佐藤幼稚園 ほか
技術協力:フォーチュン、Kカンパニー
美術協力:山崎美術
音楽協力:テレビ東京ミュージック
プロデューサー:橋本かおり(テレビ東京)、小畑良治、椿宜和、冨田英樹
チーフプロデューサー:小川治(テレビ東京)
聞かなかった場所の原作(松本清張)
[「黒の図説」第7話として『週刊朝日』1970年12月18日号~1971年4月30日号連載、1971年6月光文社(カッパ・ノベルス)刊行]
農林省の係長・浅井が妻の死を知らされたのは、出張先の神戸であった。外出先での心臓麻痺による急死とのことだったが、その場所は、妻から一度も聞いたことのない町だった。一官吏の悲劇を描くサスペンス長編。




