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「ケ・セラ・セラ」が流れる瞬間、観客は恐怖ではなく、ある種の美しさすら感じる。サスペンスとは感情の芸術なのだ(知りすぎていた男の感想)
3、4回見ているはずだが、じわじわ来るオープニングを見たら、やっぱり最後まで見てしまった。
ドリス・デイが涙を流しながら絶叫するクライマックスのオーケストラ曲「時化(Storm Cloud Contana)」はバーナード・ハーマンが書いたものではないが、指揮をしているのはハーマンだそうだ。
知りすぎていた男の見どころ――「私が何かを知ってしまったとき、ヒチコックはすでに仕掛けを終えていた」
ヒチコックが一度撮った作品を自らリメイクするという珍しいケース(1934年の同名映画を22年の歳月を経てリファインした)が、この『知りすぎていた男』である。本作は、リメイク作品の可能性を広げたという点で映画史的にも意義深い作品である。家族の絆、国家的陰謀、そして母親の歌声──そのすべてを緻密な構成で結びつけ、エンターテインメントとして昇華させたヒッチコックの冷徹な情熱が、今もなお新鮮に響く。
主演にジェームズ・スチュワート、そして歌手で女優のドリス・デイを迎え、よりスケール感と人間ドラマの厚みを加えたこのヴァージョンは、ヒチコックの“技巧の進化”を示す映画として観ることができる。
サスペンスは「情報の操作」で生まれる
ヒチコックが得意とする「観客への情報開示のコントロール」は、この作品でも遺憾なく発揮されている。
モロッコを舞台にした冒頭から、無邪気な家族旅行が徐々に緊張感を帯び、ついには息子誘拐という極限状況へと転じていく展開は、まさに“ヒチコック的転落”の典型と言える。
観客は主人公(スチュワート)が知る情報とほぼ同じだけを知らされる。そのため、真相に迫るたびに我々も巻き込まれ、予測を裏切る展開に翻弄される。言い換えれば、“知りすぎる”のは主人公だけでなく、観客自身でもある。
ドリス・デイの存在がもたらす「家庭の動揺」
特筆すべき点は、ドリス・デイ演じる母親ジョーの存在感だ。
彼女は単なる添え物の妻ではなく、彼女は物語の終盤で極めて重要な役割を果たしている。
言うまでもなく、名曲《ケ・セラ・セラ(Que Sera, Sera)》を歌うシーンだ。
これは単なる挿入歌ではなく、母親としての想いと、誘拐された息子に向けた“隠れたメッセージ”として機能する──感情と情報がここで一致し、サスペンスと母性が美しく融合する名場面と言える。
ドリス・デイの歌声が、物語に情感の温度を加えるという点で、1956年版ならではの強みだ。
ロンドン・アルバートホール:ヒッチコック美学の粋
映画のクライマックスに登場するアルバートホールの無言の暗殺計画は、ヒチコックの演出美学の到達点といえる。
オーケストラの演奏、緊張が高まるタクト、観客の沈黙──音と映像の同期が、台詞を排したままでも完璧に観客を引き込む。ここには「サイレント映画時代」からヒチコックが磨き上げてきた、純粋映像による語りの力が生きている。
リメイクを超えた「再創造」
1934年版『知りすぎていた男』が77分とコンパクトだったのに対し、1956年版は約120分。単なる引き伸ばしではなく、キャラクターの心理描写と物語構造が精緻化している。
ヒチコック自身は「最初のヴァージョンは素人の仕事。これはプロの仕事」と語った。ここに、職人を超えて芸術家の領域に到達したヒチコックがいるのである。
知りすぎていた男のあらすじ
ベン・マッケンナ(ジェームズ・ステュアート)と妻ジョー(ドリス・デイ)、息子のハンクはフランス領モロッコを観光中、貿易商ベルナールと知り合う。ベルナールは謎めいた態度で、ジョーに不信感を抱かせる。翌日、市場でベルナールが暗殺され、ベンに「ロンドンで要人暗殺計画がある」「アンブローズ・チャペル」という言葉を残す。息子ハンクが誘拐され、ベンとジョーはロンドンへ向かう。アンブローズ・チャペルでドレイトン夫妻を発見するが、ハンクを取り戻せない。実はドレイトン夫妻は某国駐英大使が自国首相を暗殺するための殺し屋を雇っており、ベルナールは計画を阻止しようとするスパイだった。ベンとジョーは息子の救出と暗殺阻止に奔走する。
知りすぎていた男を観るには?
知りすぎていた男のキャスト
ジョー・マッケンナ – ドリス・デイ
ハンク・マッケンナ – クリストファー・オルセン
エドワード・ドレイトン – バーナード・マイルズ
ルーシー・ドレイトン – ブレンダ・デ・バンジー
ルイ・ベルナール – ダニエル・ジェラン
ブキャナン警部 – ラルフ・トルーマン
指揮者 – バーナード・ハーマン
知りすぎていた男のスタッフ
脚本 – ジョン・マイケル・ヘイズ、アンガス・マクファイル
原案 – チャールズ・ベネット、D・B・ウィンダム・ルイス
音楽 – バーナード・ハーマン
主題歌 – ドリス・デイ『ケ・セラ・セラ』
撮影 – ロバート・バークス
編集 – ジョージ・トマシーニ➁
製作会社 Filwite Productions
Spinel Entertainment
配給 パラマウント映画
『知りすぎていた男』は、家族の絆、国家的陰謀、母親の歌声を緻密な構成で結びつけたエンターテインメントです。この記事で少しでも興味を持たれた方は、ぜひ本編をチェックしてみてください。