映画1990年代の映画1992年の映画

地獄の警備員

4.5
久野真紀子(地獄の警備員) 映画
久野真紀子(地獄の警備員)
『地獄の警備員』は、1992年の日本のスリラー映画。2021年にデジタルリマスター版が公開された。

地獄の警備員の感想

ヒロイン(久野翔子→久野真紀子→クノ真季子と名前を変え続けている女優)が、曙商事なる商社に入社する朝の描写から映画は始まる。
初出勤にタクシーを使っているのだが、久野は「兄弟子と愛人を殺して頭がおかしいから無罪になった相撲取り」の話を運転手に聞かされ、相撲取りは怖い、としきりに嚇かされる。これが松重豊のことなのだが、そういえば、筒井康隆の傑作「走る取的」(1975年発表)でも、序盤で相撲取りがいかに非人間的な肉体をもっているかを読者にすり込むくだりがあったな。

さて、もっともらしく設定された曙商事の実態はメチャクチャである。映画のスタッフは誰も会社に勤めたことなどないのだろう、登場人物のセリフや行動は、いわゆる“お仕事ドラマ”のシュールなパロディのようになっている。

久野が配属された「12課」は海外の絵画の買い付けのようなことをする課らしい。会社はその事業で急成長したとも説明されるが、久野が廊下で出くわした会社の役員は、12課の存在を知らないようだった。
さらに、久野の直属上司である大杉漣は「億の絵は要らん。3千万以下の絵をリスト化しろ」などとみみっちく(すでにバブルが崩壊しているのかもしれない)、というか基本的にはやる気もなくて職場でウイスキーを飲んでいる。さらに久野を個室に連れ込み、よくわからないことを言ってた、ズボンを脱ごうとするので久野は逃げ出す。

そしてまた12課を作ったとされる、人事部長の長谷川初範という人物が謎である。これは映画的には、松重豊から久野真紀子を守る役割の人なのだが、昼間は個室で寝ており、仕事をしている様子はない。12課メンバーに対する評価はボロカスで、「12課の運命はきみ次第だ」と久野に熱く語ったりしている。

一方で、ビル警備室にも新人が入る。それが元力士の松重豊である。
松重の名は初代豊山に因んだものらしいのだが、大男ではあっても、元力士には見えない痩身で、当時の松重は、蜷川スタジオもやめ、職人として暮らしていたときに本作のオーディションを受けたらしい。

松重は内藤剛志など警備員仲間から殺していく。さんざん殺しまくった松重と長谷川初範が出くわすシーンがある。どうなることかと思っていると、

長谷川初範(兵頭)
長谷川初範(兵頭)

君か。噂はかねがね聞いていた。それにしてもこれはまたひどいな。自分がやってることがわかってるのか? え?

松重豊(富士丸)
松重豊(富士丸)

……

長谷川初範(兵頭)
長谷川初範(兵頭)

わからないんだな。よーし、要するに君は頭がおかしい。今から警察を呼んでくる。(手をクイクイして)鍵を貸してくれ。

松重豊(富士丸)
松重豊(富士丸)

……

(長谷川、ワゴンを松重のほうに滑らせて、)

長谷川初範(兵頭)
長谷川初範(兵頭)

じゃ、こうしよう。ワゴンの上に鍵を乗せろ。そしたらもう君は行ってもいい。

(松重、鍵をワゴンに乗せるが、ひっくり返して)

松重豊(富士丸)
松重豊(富士丸)

取りに来い。

長谷川初範(兵頭)
長谷川初範(兵頭)

(取りに行けないので)仕方がない。どこか出口を探すか。じゃあな。

(ポケットに手を入れて去ろうとするので、松重は仕方なく襲いかかるが、長谷川は防犯スプレーで松重を目潰しして逃げる)

という人を食ったやりとりになっており、かなり楽しい。

地獄の警備員の見どころ

黒川清は、初対面の根岸憲一(撮影監督)に「羊たちの沈黙」のビデオを渡して、参考にするようにと言ったそうである。
ジョナサン・デミのその映画の最大の特徴は、ジョディ・フォスターやアンソニー・ホプキンスの極端なクローズアップ、しかもキャメラをまっすぐ見つめるショットである。
また監督は彼に「マッチ箱をどう撮るか?」と問いかけ、パースがわかるように斜めから、と答えると、「そうではない、正面から撮るのです」と言ったという。そこで根岸は、ドアも廊下も、人を撮るのと同じようにまっすぐに正面から撮ったという。

まずは松重豊の「怪演」である。
同僚や会社員たちを淡々と殺害していくのだが、表情がほとんど変化しない。警棒や消火器を使って、決められた業務をこなすように、SE(打擲音)なしで(これが怖いポイントである)、執拗に殴り続ける「乾いた暴力」。
こうした表現は、その後、コミックやアニメなども含めるとそんなに珍しいものではなくなったものの、感情移入できない理解不能な暴力が「現象」として目の前で起こりつづける、というあっけらかんとした怖さは、まさに黒沢清ならではと言える。

次に舞台である。
80年代のありふれたオフィスビルなのだが、たびたび、監視カメラふうの無機質な視点のショットが挿入されるのが息苦しさを与える。誰もいないはずの深夜の長い廊下を、松重の足音が奥からコツコツと聞こえてくるのだが、実際に松重の長身が映るまでにはかなりの時間がかかっている。その何も起こらない「間」が恐怖を増幅させる。そもそも97分しかない映画で、開始してから松重が現れるのに18分かかっているのである)。
静寂と空間そのもので恐怖を演出する手法は、後の『回路』などにも通じる黒沢監督の真骨頂であると言えよう。

本作は青山真治が助監督として参加した映画としても有名だが、青山は明らかに空間の使い方や人物配置などに影響を受けている(『EUREKA ユリイカ』で、バスジャック事件のトラウマを抱えた人物たちが、広大でがらんとした風景の中にぽつんと配置されるショットなど)。
本作撮影を振り返り、青山は「ここ数年のうちに作られた最も真摯な日本映画」と書いた。限られた予算の中で、オフィスビルという一つの場所だけで(実際には複数のビルで撮影されたらしいが…)本作の世界観を構築した姿勢は、インディペンデントな精神を貫いた青山監督自身の映画作りにおける、大きな指針となった。

本作はいわゆるスラッシャー映画であるが、「動機」は最後まで語られない。
定石は、過去のトラウマなどが終盤で明かされ一応の決着がつくはずだが、富士丸の意図が那辺にあるのかは、最後まで一切語られない。元力士(には見えないのだが)という過去があるだけである。
この「理由のなさ」、理解できない不条理な悪意は、後の『CURE』の間宮というキャラクター造形につながっている。

久野真紀子は辛くも生き残る。しかし、生き延び、警察に保護されて安堵するようなカタルシスを感じるシーンはなく、彼女はビルの屋上から、松重と同じような虚無の表情で街を見下ろすのである。これは、暴力や狂気が彼女に伝染したようにも見える、この「伝染」や、解釈でき、「恐怖の偏在し」もまた、黒沢清的なテーマであることをもはや指摘する必要がないだろう。

地獄の警備員のあらすじ

成島秋子(久野真紀子)はバブル期で急成長中の商社に就職し、絵画取引部門で働き始める。同じ日に入社した警備員の富士丸(松重豊)は、元力士だった。彼は過去に殺人を犯したのだが、精神鑑定の結果、無罪となっている。ここでも富士丸は周囲の人間を次から次へと殺害していく。やがて、残業のために会社に残っていた成島秋子は、富士丸と対決することになる。

地獄の警備員を観るには?

地獄の警備員 キャスト

成島秋子 – 久野真紀子
富士丸 – 松重豊
兵藤哲朗 – 長谷川初範
吉岡実 – 諏訪太朗
野々村敬 – 緒形幹太
高田花枝 – 由良宣子
久留米浩一 – 大杉漣
間宮 – 田辺博之
白井 – 内藤剛志
電気工事の作業員 – 大寶智子
タクシー運転手 – 下元史朗
兵藤の妻 – 洞口依子
兵藤の息子 – 青木敬
刑事 – 岡村洋一
エレベーターの会社員 – 加藤賢崇

地獄の警備員 作品情報

監督 – 黒沢清
脚本 – 富岡邦彦黒沢清
製作 – 中村俊安
製作総指揮 – 宮坂進、生駒隆治
音楽 – 岸野雄一
撮影 – 根岸憲一
編集 – 神谷信武
製作会社 – 日映エージェンシー、ディレクターズ・カンパニー
配給 – アテネ・フランセ文化センター
公開 – 日本 1992年6月13日
上映時間 – 97分
タイトルとURLをコピーしました