ハリーとトントの感想
初見なのだが、面白くて最後まで目を奪われる映画だった。
アメリカンニューシネマの名作として有名であり、たしかにヒッピーイズムなどが描かれており、社会から疎外された人間が自由に旅をするというプロットは、反体制・内省・現実主義を旨とするニューシネマに特有のものだ。ただし初期の「イージーライダー」のような破滅のイメージはなく、至極穏やかな内容の映画である。年老いた親が子どもたちを訪ね歩き、子どもたちとしっくりこないという展開は、むしろ小津の『東京物語』(1953年)を思わせる。
マンハッタンのアパートを追い出された主人公ハリーは、愛猫トントと長男の家に身を寄せることになる。すると孫のノーマンは家族と口をきかず筆談で会話している。この「沈黙の行」は、社会秩序を否定し、愛と平和と自然を尊重し、東洋思想の実践などによる新しい文化を目指したヒッピー文化を表している。
居心地の悪さから、ハリーはシカゴに暮らす次女のもとに向かい、ルート66でさまざまな人と会うことになる。
「イージーライダー」の舞台でもあるルート66は、新天地カリフォルニアを目指す「怒りの葡萄」(1940年)を持ち出さずとも、映画史的に夢と挫折の両面を象徴する聖地だが、74年当時にはすでに高速道路(インターステイト)の発達でさびれつつあった。本作に登場するダイナーや安宿、荒涼とした砂漠の風景が、老いたハリーとトントにふさわしい背景となっている。開拓や成功を目指して東(ニューヨーク)から西(カリフォルニア)へ向かうのは、アメリカ映画の伝統的なベクトルなのだが、ハリーとトントの旅は過去を一つずつ手放していく「人生の整理」の旅である。
同時に、その旅はアメリカ社会の縮図との出会いの連続でもある(本作はほぼ順撮りらしい)。
最初に出会うのは、ヒッピーのコミューンに合流しようとしている家出少女ジンジャー。ハリーはそこでドラッグやフリーセックスが横行していることを指摘するが、保守的な老人として対立することなく、否定はしない。ジンジャーはノーマンとの触媒にもなった。
次はかつての思い人ジェシー。ハリーによれば、彼女はウーマンリブのはしりで結婚を否定してイザドラ・ダンカンとパリに渡ってしまったという。今は中西部の老人ホームにいることが判明するが、認知症を患っており、もはやハリーを思い出すことはできない。相手が誰かわからないまま、ハリーの胸に頬をあずけるジェシー(ジェラルディン・フィッツジェラルド)ダンスを踊るシーンは映画史に残る名場面と言える。この出会いにより、ハリーは過去の思い出にすがることをやめ、今を生きる旅人になる。
饒舌なセールスマンは、出会った人々の中でも最も俗世的で孤独なアメリカを象徴している。熱心にサプリメント(ビタミン剤)をハリーに勧めるのだが、それらは健康や活力を買うことができるという幻想である。彼は自分のビジネスがいかに絶好調で、どれほど金を持っているかを熱心に語るが、言葉の端々には必死さが透けて見える。ハリーが捨て去ろうとしている物質主義的なアメリカの残骸のような存在と言えよう。その姿はカリフォルニアに住むハリーの三男が抱える心の渇きとも重なる。
ハリーはラスヴェガスでは立ち小便をしているところを警官に見つかり、留置所に入れられる。ここで出会ったのが自称祈祷師の先住民。ハリーが肩の痛みを訴えると手を当てて祈祷を行い、ハリーの精神は解き放たれる。白人社会のルールが支配する場所で古来の精神性がハリーを救うアイロニー、そしてセールスマンから買ったミキサーを受け取り喜んでいる姿にもアイロニーがある。
そして、ハリーの子供たち。
シカゴで書店を経営している長女は経済的には成功しているが、かつて自分を縛りつけていた父親を許せていない。しかし、同時にハリーに最も似て自立心が強く、孤独を抱えて生きており、「父親の介護」という伝統的な娘の役割を拒絶する。美しいミシガン湖畔を歩きながら対話するシーンは、本作の白眉であり、二人はお互いに「独りで生きていくしかない」という共通の運命を悟ることになる。この「シカゴ編」は、ハリーの旅の中では、ニューシネマ的なヒリついた親子関係が描かれているパートである。
最後に会うのはLAに住む次男である。不動産業を営み、プール付きの豪華マンションに住んでいるが、その生活は破綻寸前であり、精神的に追い詰められていた。持たざる父の方が、豪華な暮らしをしている息子よりはるかに精神的に自立し、満たされているという逆転がある。
旅を終えてサンタモニカに腰を落ち着けたハリーに、トントの死が訪れる。思えば「トントがいる場所」こそがハリーの家だったのだ。トントに別れを告げたとき、ハリーはすべてを失ったことになる。ニューシネマ的なあり方としては、ここでハリーも死を迎えるという結末なのだろうが、ハリーは独りであることを受け入れる。トントに似た猫を追って砂の城を作っている少女に出会ったハリーの姿は、すべてを失っても人生は続くというメッセージであろう。
ポール・マザースキーによれば、東京の映画館ではハリーがトントに別れを告げるシーンで観客の嗚咽が館内に響いていて、一瞬東京に移住しようかと考えたそうだ。
ジェームズ・キャグニィにギョロ目が似ているアート・カーニーは当時56歳で、ハリーの劇中年齢と16歳も年下だったという。みごとな演技であり、その年のアカデミー主演男優賞とゴールデングローブ賞主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門)を受賞した。アルバート・フィニー(「オリエント急行殺人事件」)、ダスティン・ホフマン(「レニー・ブルース」)、ジャック・ニコルソン(「チャイナタウン」)、アル・パチーノ(「ゴッドファーザーPARTⅡ」)を抑えての受賞であり、無名に近い舞台俳優としては快挙であった。
ハリーとトントのあらすじ
72歳のハリーは妻に先立たれ、3人の子供たちも独立して、マンハッタンのアパートに愛猫トントと暮らしていたが、区画整理で強制退去させられる。長男バートの家へ移り住むが馴染むことができず、娘のシャーリーを訪ねるためにトントを連れてシカゴへ向かうことに。トントが原因で飛行機にもバスにも乗ることができず、中古車を買って旅を続けるうちに様々な人と出会うことに…
ハリーとトントを観るには?
ハリーとトント キャスト
シャーリー・マラード – エレン・バースティン
ジェシー・ストーン – ジェラルディン・フィッツジェラルド
エディ・クームズ – ラリー・ハグマン
ウェイド・カールトン – アーサー・ハニカット
バート・クームズ – フィル・ブランス
バートJr. – クリフ・デ・ヤング
ジンジャー – メラニー・メイロン
2本の羽のサム – チーフ・ダン・ジョージ
リロイ – エイボン・ラング
ノーマン – ジョシア・モステル
セリア – サリー・マー
ハリーとトント 作品情報
脚本 – ジョシュ・グリーンフェルド、ポール・マザースキー
製作 – ポール・マザースキー
音楽 – ビル・コンティ
撮影 – マイケル・バトラー
編集 – リチャード・ハルシー
配給 – 20世紀フォックス
公開 – アメリカ: 1974年8月12日、日本: 1975年12月20日
上映時間 – 115分



