またヴィンセントは襲われる

ヴィマラー・ポンズ(またヴィンセントは襲われる)
ヴィマラー・ポンズ(またヴィンセントは襲われる)
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『またヴィンセントは襲われる』(原題:Vincent doit mourir)は、2023年製作のフランス映画。監督はステファン・カスタン、主演はカリム・ルクルー。第56回シッチェス・カタロニア国際映画祭で最優秀主演俳優賞。

『またヴィンセントは襲われる』ってどんな映画?

目があった瞬間、誰もが自分に殺意を向けてくる——。狂気の世界で繰り広げられる絶望と自衛の不条理サバイバルスリラー!
カンヌ国際映画祭の批評家週間で話題を呼び、各国の映画祭を席巻したフランス発の新感覚不条理バイオレンス・スリラー。
平穏な生活を送っていた男が、ある日突然理由もなく全人類から命を狙われるハザードに巻き込まれる恐怖と混乱を、ブラックユーモアを交えて描き出す。

あらすじ

主人公・ヴァンサンはある日突然、職場のインターン生に襲われ、その後も別の同僚や見ず知らずの他人にまで次々と命を狙われる。加害者たちは襲撃時の記憶がなかった。やがて「自分と目が合った瞬間に人々が襲いかかってくる」という法則に気づいた彼は、生き残るための孤独なサバイバルを始める。

キャスト

ヴァンサン・ボレル(グラフィックデザイナー) - カリム・ルクルー
マルゴー・ラミー(レストランで働く女性) - ヴィマーラ・ポンス
ジャン=ピエール・ボレル(ヴァンサンの父親) - フランソワ・シャトー
オードリー(人事部長) - カロリン・ローズ・サン
ユーゴ・モニエ(インターン生) - ユリス・ジュヌヴレ
イヴ - エマニュエル・ヴェリテ
ヨアヒム(謎の男) - ミケール・ペレス

感想

最大の謎は、なぜ劇中でヴァンサンと呼ばれる主人公だけが「ヴィンセント」と英語読みに表記されているのかということだろう(配給会社が「見た目の馴染みがある」と判断したかららしい)。

それはともかくとして、タイトル通りの不条理系スリラーで、これもまたワンアイディアに近い。ガン飛ばしの恐怖を描いた映画である。

主人公が認識した法則は「目が合うと攻撃してくる」というもので、そんならサングラスをかければいいのでは?と誰もが思ったが、主人公はちっともそれを試そうとしない。もしかしたら、「相手がヴァンサンに見られていると認識すること」がトリガーになっているのかもしれない。会話などをかわしながら一瞬だけ目が合っても発動しない場合もあり(隣人の女性の娘は、目を合わせなくても攻撃してきた)、そのへんは曖昧である。ルール自体、不条理なのだ。

父親の別荘に疎開した主人公は人と会わない生活を始め、近所のダイナーに電話注文してウェイトレスのマルゴー( ヴィマーラ・ポンス、2024年版の「蛇の道」で「子どもたちと暮らしている女」を演じていた)と親しくなり、彼女が住んでいるヨットを訪れる。発動しても大丈夫なように手錠をして行為に及ぶのだが、目を合わせずにセックスするのはそれほど難しくないだろうと思う。結局、行為の後に視線を絡ませた結果、マルゴーは殴りかかってきた。

手錠はネット通販で買ったもので、スタンガンやボララップ銃(スパイダーマンの糸のようなものが出る)も買っているのにほとんど使っていないのはなぜか(それよりサングラスを買え)。ともあれ手錠をつけて愛をかわすシーンがこの世界で生きることの象徴となっている。また中盤には、あふれかえった汚水槽で、汚泥にまみれながら襲ってきた隣人と格闘するシーンがあり、これが妙に長く、念が入っていた。

終盤、同じ体質(?)の人間がフランス全土に出現して街は暴徒であふれかえる(つまりゾンビ映画になる)。するとなぜかヴァンサンは襲われなくなり、代わりにマルゴーが襲われる側になる(両方が襲われる側や遅う側にならないのもご都合主義な感じがする)。

「何か」を見てはいけない「バード・ボックス」とちょっと似た映画だった(最後の手段が目隠しというのも同じ)。

『またヴィンセントは襲われる』を観るには?

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『またヴィンセントは襲われる』作品情報

監督 – ステファン・カスタン
脚本 – マチュー・ナール
製作 – ティエリー・ルーナス、クレール・ボンフォワ、ジャン=イヴ・ルーバン、カサドル・コスタス、ヴァンサン・マラヴァル
撮影 – マニュエル・ダコスタ
編集 – メディ・シャリフ
音楽 – ジョン・クリンベルグ
配給 – フランス:カプリッチ・フィルムズ、日本: JAIHO

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