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ラストマイル

満島ひかり(ラストマイル) ドラマ
満島ひかり(ラストマイル)
『ラストマイル』は2024年8月23日に公開。監督は塚原あゆ子、脚本は野木亜紀子、主演は満島ひかり。野木亜紀子が脚本を書いた『アンナチュラル』『MIU404』と世界観を共有するシェアード・ユニバース作品。11月のブラックフライデー前夜を発端とする連続爆破事件に立ち向かう、物流センターのリーダーたちをはじめとする人々を描くサスペンス映画。タイトルは最終拠点からエンドユーザーへの物流サービスのことで、客へ荷物を届ける最後の区間の意味。

物流クライシスへの警鐘と“人間性”回復への道筋

爆弾テロのストーリーが構想された理由

物語の舞台は、世界規模のショッピングサイトの巨大物流センター。
流通業界が最も活気づくブラックフライデーの前夜、突如として連続爆破事件が発生する。

主人公であるセンター長の舟渡エレナ(満島ひかり)とチームマネージャーの梨本孔(岡田将生)は、社是(のひとつ)である「Customer Centric」のために「物流を止めない」という使命と、人命を守るという責任の狭間で、究極の頭脳戦を繰り広げる。
本作は、私たちが当たり前のように享受している「送料無料」「翌日配送」といったサービスの裏に隠された物流現場の過酷な現実を、かなり抑えて(示唆的に)描写している(配送業者は末端の酒向芳らまで描写されるのに対し、事件の中心現場においてブルーパスで働く派遣労働者は、最後まで誰もクローズアップされない)。

連続爆破事件の犯人は誰か、目的は何かというサスペンス上のストーリーラインを維持しながら、効率と利益を極端に追求して人間性が切り捨てられていく社会の構造的欠陥があからさまにされ、そこで社会を支える「生身の人間」の存在の尊さが描かれる。エンターテインメントとして、この脚本は芸術品といっても良い。しかもシェアードユニバースである。

タイトルは、物流拠点から顧客へ荷物を届ける最後の区間を指す物流用語だが、誰もが認識しているように、この「最後の1マイル」にこそ、ドライバー不足や再配達といった課題が凝縮されている。そうした背景に爆弾テロを設定したのは、いつ破綻してもおかしくない物流システムの矛盾と歪みがいつか「爆発」しかねないという強烈なメタファーとして意識してのことだろう。

物流の社会問題と「2024年問題」

本作で描かれる問題は、物流業界が直面する課題そのものであり、「物流の2024年問題」の影に加え、テクノロジーがもたらす闇にも光を当てている。

映画で描かれる問題 現実の社会問題
利益至上主義と効率化の徹底 送料無料サービスの定着による運送会社へのコスト転嫁、低運賃での受注競争の激化。
テクノロジーによる非人間的な管理 AIによるドライバーの行動監視、秒単位での効率評価。システムが人間を評価し、追い詰める精神的プレッシャー。
過酷な労働環境 ドライバーの長時間労働、人手不足と高齢化、荷待ち時間の長さ。
人間性の喪失 効率化の陰で切り捨てられる安全への配慮や、人間らしいコミュニケーションの欠如。
社会インフラとしての脆弱性 「物流は止まらない」という前提で成り立つ社会が、一度止まった時の甚大な影響。

映画は、これらの問題が複雑に絡み合い、個人の努力だけでは解決できない構造的なものであることを描き出し、私たち消費者を含む社会全体にその責任を問いかける。

「効率」から「人間の尊厳」へ

本作が突きつける課題は根深く、小手先の対策では乗り越えることは不可能だ。
解決の糸口は、「効率信奉」という価値観そのものを問い直し、人間の尊厳を中核に据えたシステムへと再設計する視点にあるだろう。

  1. 「合理化」という名の人間疎外プロセスとの対峙

    岡田将生と満島ひかりは、センターを監督するために、モニターに映し出される全体の稼働率やKPI(重要業績評価指標)のグラフにまず目をやる。
    無数の商品棚の間をピッカーたちがカートを押しながら無言で歩き回り、腕に装着したウェアラブル端末の指示に従い、最短ルートで次の商品へと機械的に誘導されていく。端末には「ピッキング率」「作業ペース」といったデータが表示され、目標を下回ると警告音が鳴ってプレッシャーを与える。ピッカー同士の私語はなく、彼らの動きはシステムによって最適化された「部品」となる。
    これらの描写は、アメリカ本社が設定した「1時間あたりに処理できる商品数」といったKPIを達成するため、人間の行動がシステムによって徹底的に管理・最適化されている状況を示している。現場で働く人間を交換可能な「リソース(資源)」として扱い、個人の体調の波や感情といった非効率な要素は排除すべき対象となる。

    連続爆破事件という異常事態が発生した際の本社の対応は、このテーマを最も残酷な形で浮き彫りにする。
    現場が混乱する中、統括本部長の神崎(ディーン・フジオカ)とのビデオ会議で、アメリカの役員たちが懸念するのは、従業員の安否ではなく「ブラックフライデーの出荷目標への影響」「サーバを落とす(=物流を止める)という選択肢はあり得ない」という、徹底したビジネス上の損失だ。

    ディーン・フジオカが本社の冷徹な決定を現場に伝え、センター長の満島ひかりはそのプレッシャーを直接受けて極限の葛藤を強いられる。この「アメリカ本社 → 神崎 → エレナ → 現場」という一方向の圧力の連鎖もまた巨大資本の論理を象徴している。人命すらグローバルな損益計算書の上の一項目として扱われる。

    テクノロジーが「人間のための道具」から「人間を管理するための檻」へと変質するプロセスにおいて、非効率と見なされる人間の判断、休憩、同僚との何気ない会話といった「余白」は徹底的に排除される。しかし、その「余白」にこそ、プロとしての知見や、予期せぬ事態に対応する柔軟性、そして労働の喜びといった人間性が宿っているというのが、映画のメッセージである。
    「非合理なもの」を極限まで削ぎ落とされた現場がいかに脆く、危険なものになるか。
    つまり真の課題は、テクノロジーの導入の是非ではなく、誰が、何のために、そのシステムを設計し、運用するのかという、権力と倫理の問題なのだ。

  2. 「社会インフラ」としての物流の再構築

    サービスの「消費者」が、社会インフラを維持する責任を負う「当事者」でもあるという視点に立つことができれば、解決への道筋も見えてくるかもしれない。

    • 「見えないコスト」の可視化と公正な負担
      「送料無料」という言葉は、本来存在するはずのコストを覆い隠す幻想であり、運送会社が利益を削り、ドライバーが自身の時間と健康を切り売りすることで成立している。物流が電気や水道と同じ社会インフラであり、その維持には適正なコストがかかるという事実を直視する必要がある。
      単に送料を支払えばいいという話ではなく、企業がコストを労働者に公正に分配する社会構造を支持・選択していくという意思表示が求められている。
    • 匿名性という「関係性」の再構築
      巨大プラットフォームが、買い手・売り手・配送者を匿名化した結果、無責任な要求やクレームが生まれる環境が完成した。
      この希薄な関係性の中で、物流の担い手は感謝されるべき専門家ではなく、評価ボタンひとつで判断される匿名の存在になってしまう。つまり解決の鍵は、「顔の見える関係」の再構築にあると考えられる。
      例えば、地域に根差した配送業者を評価する仕組み、消費者と配送員が円滑なコミュニケーションを取れるプラットフォームの開発など、テクノロジーを人間関係の断絶ではなく、再接続のために活用する逆転の発想が必要とされているのかもしれない。
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