宮川一夫(1908-1999)は、日本映画の黄金期を支えたキャメラマン。
少年時代、墨絵を習っていて墨汁の白黒だけで色を使わせてもらえない事が不満だったと自伝で明かしているが、それが逆に白黒映画撮影時の表現に役立ったという。
『羅生門』(1950年、黒澤明)や『雨月物語』(1953年、溝口健二)などで見せた光と影のコントラスト、斬新なカメラワークは「宮川の映像」と評され、ヴェネツィア国際映画祭などで高い評価を受けている。
宮川の光と影を巧みに操る撮影技法は時代劇にモダンな陰影をもたらした。
中でも、『おとうと』(1960年、市川崑)で使用した「銀残し」という技法は後の映画界に多大な影響を与えた。『羅生門』では鏡を用いて太陽を直接撮影するなど、革新的な技術を次々と生み出した。溝口健二、黒澤明のみならず、市川崑、吉村公三郎など、日本映画界の巨匠から絶大な信頼を寄せられた。
60年以上のキャリアで140本以上の作品を手掛け、晩年まで第一線で活躍し続けた。
銀残しとは
フィルムや印画紙の銀を取り除く処理をあえて省くことによって、フィルムや印画紙に銀を残す技法。英語では、ブリーチバイパス (bleach bypass) という。
この作業により映像の暗部が非常に暗くなり、画面のコントラストが強くなるので、引き締まった映像になる。また、彩度の低い渋い色にもなる。
映画『おとうと』で初めて実用化され、その後、世界中で使われている。
宮川は物語の時代設定である大正の雰囲気を出すため、フィルムの発色部分の銀を残す独特の技法として生み出した。
具体的には、撮影の段階で白黒映画のように少しコントラストを強めにし、色温度を測って発色を予測計算した上で、その色をできるだけ抑えるが、その際のライティングも、色味の部分を飛ばすか陰にするなどメリハリをつけた。
現像段階では現像液をフィルムから全部洗い落とさず、銀を残したままポジを焼き、ネガを通常カラーで、ポジを一本ずつシルバー・カラーで焼いた。
同手法は、『セブン』(1995)や『1984』(1984)、『プライベート・ライアン』(1998)、『デリカテッセン』(1991)などで用いられている。


