『手塚治虫の戦争』ってどんなドラマ?
どん底の暗闇の中で、あの日々の記憶が蘇る——。ペン一本で生き抜いた、魂の原点。
漫画家・手塚治虫が自らの戦争体験を投影して描いた自伝的名作『紙の砦』と『ゴッドファーザーの息子』を原作に、ドラマ『舞いあがれ!』などを手掛けた脚本家・桑原亮子とNHKがタッグを組んでドラマ化。
戦時下の絶望のなかで紙とペンだけを希望に生きた青年の情熱、「表現者・手塚治虫」の原点を描き出す終戦企画ドラマ。
あらすじ
1973年、手塚治虫(高良健吾)は、虫プロ商事の倒産、少年誌の連載打ち切りなど人生最大のピンチを迎えていた。スランプで自信を失った手塚の中で、ある「記憶」が鮮明に蘇り始める。
それは1945年、戦時下の少年時代。分身・大寒鉄郎(原田琥之佑)は、激しさを増す空襲に怯える日々の中で紙の切れ端へ漫画を描き続けた。「非国民」と蔑まれても、鉄郎にとってそれだけが生き甲斐、「安全な砦」だった。
戦争の悲惨さと少年の情熱が、失われかけていた手塚の心に再び熱い炎を灯し、名作『紙の砦』の執筆へと彼を突き動かしていく——。
キャスト
◼︎現実世界の人物
手塚治虫 - 高良健吾
葛西健蔵(大阪の社長) - 田中哲司
黒川拓二(少年キングの編集者) - 岡崎体育
◼︎マンガの作中人物
大寒鉄郎 - 原田琥之佑
岡本京子(女学生) - 野内まる
明石健司(番長) - 久野渚夏
三井明(同級生) - 山田健人
感想
本作は手塚治虫の漫画家生活30周年記念作品として1974年に少年キングに掲載された「紙の砦」などを映像化したものだが、実は商業デビューは1946年なので「30周年」は勘定が合わない。つまり「30周年記念」は前倒しで数年にわたり準備・実施されたのだが(記念イベントとして全集などの企画もスタートしていた)、何より防空壕や工場の片隅でマンガを描き始めた「原点の年」が、手塚にとって1944年だったということなのだろう。
さて、このドラマは、手塚治虫にとって重要だった宝塚歌劇への傾倒と、1974に手塚が陥っていた虫プロ崩壊による精神危機とのコントラストを描いている。
まず宝塚歌劇から。
作中の岡崎京子(野内まる)は宝塚舞踊音楽学校に通っていた女学生という設定だが、これは、手塚の実家が現・宝塚市で、宝塚新温泉や宝塚ルナパークといった異空間に幼少期から日常的に触れて育ったことを表している(父は宝塚倶楽部の会員で、家族は宝塚ホテルのレストランで食事をし、母は治を宝塚少女歌劇団に連れていった)。当然のように治の初恋相手は歌劇団の生徒だったという。
『リボンの騎士』が宝塚歌劇の「男装の麗人」から発想されたのは有名だが、宝塚歌劇の「華やかな衣装」「劇的な演出」「幕が上がる立体的な構成」は映画的でドラマチックな「ストーリーマンガ」の基礎を確立した重要なファクターであった。
次に1974年の状況について書く。
ドラマは、手塚が虫プロ商事と虫プロの労組に激しく突き上げられるところから始まっていた。手塚は1971年に経営を退いていたのだが、創業者で役員であり、会社の土地の保証人でもあったので、吊し上げのメインターゲットになったのである。
手塚作品の版権管理や雑誌「COM」を出版する虫プロ商事がまず不渡りを出し、ついで親会社でアニメスタジオの虫プロが倒産。「ボクは10億円をつぎこみ、利用され、しゃぶられ、捨てられた」と手塚はのちに語り、仲間だと思っていたスタッフからのバッシングに人間不信に陥った。しかしそもそもの経営悪化の要因は、手塚が天才クリエイターとして製作予算に糸目をつけなかったことにあったと言われている。
ともあれ虫プロのクリエイターは四散し、制作管理スタッフたちは経営と制作を完全分離するサンライズを、逆に演出スタッフたちはハイクオリティな映像表現を追い求めてマッドマウスを、そして虫プロの最後を看取ったスタッフがオフィスアカデミーを立ち上げ、「宇宙戦艦ヤマト」という化け物コンテンツを生み出す。
手塚はヤマトを猛烈に嫌悪して(主人公が戦艦で特攻を美化する内容)「世も末や!」と叫んだというが、「なぜ自分のところでこれを作れなかったのか」と激しく嫉妬した。直後に登場したガンダムに対しても、「ただロボットがプロレスしてるだけ」と冷たく評価しつつ激しい嫉妬を抱いていたことが見てとれる。
手塚が「嫉妬の人」でもあるということは、重要だと思う。
『手塚治虫の戦争』作品情報
『手塚治虫の戦争』の原作
太平洋戦争の末期、戦火にさらされた大阪の町で、すきっ腹をかかえながら好きな漫画の道にうちこむ一人の少年がいた……。表題作「紙の砦」他、巨匠手塚治虫が青春時代の思い出を綴った6編を収録して贈る自伝的作品集!


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