『終のひと』ってどんな映画?
誰にでも平等に訪れる、人生という名の物語の「終わり(死)」。遺された者たちの涙、隠されていた嘘、そして旅立つ者が遺した最後のメッセージを、厳かに、そして温かく見届ける小さな葬儀社。清水俊の漫画『終のひと』を原作に、生と死の境界線で揺れ動く人間の想いを繊細に構築。魂の救済を静かにあぶり出す珠玉のドラマだ。
見どころは、祭壇の前に集う遺族たちが抱える、愛憎や隠された秘密がじわじわと剥ぎ取られていく儀式の描写。死という究極のタイムリミットを前に、誰もが語りたがらなかった嘘や、遺された者たちの激しい焦燥が浮き彫りになる中、宗助たちは死者の最後の声に耳を澄ませていく。死の絶望の前に、操り人形のように形式的な儀式で別れを告げるか。それとも前を向いて生きるための選択を下すか。柿澤勇人が魅せる内に秘めた優しさ、西山潤の葛藤、そして筒井真理子の存在感が融合した、観る者の魂を揺さぶるヒューマンドラマだ。
あらすじ
急逝した母の葬儀をきっかけに、ひょんなことから下町の小さな葬儀社「つぐえ葬儀社」で働くことになった平凡な青年・梵孝太郎(西山潤)。“ボン”と呼ばれる彼は、死という厳然たる真実の前に、初めは激しい戸惑いとパニックを隠せなかったが、若くして達観した雰囲気をまとい、遺族たちの「優しい嘘」を静かに解き明かしていく葬儀屋社長・嗣江宗助(柿澤勇人)や、静かな眼差しで死者と向き合う納棺師兼経理の森文子(筒井真理子)らプロフェッショナルたちの背中を追うなかで、孤立無援だったボンの心は変化していく。
キャスト
嗣江宗助(葬儀屋社長) - 柿澤勇人
梵孝太郎(新人) / ボン - 西山潤
森文子(納棺師で経理担当) / フミ - 筒井真理子
剣タケオ(「剣寿司」の大将) - 仲義代
永井一生(嗣江の主治医) - 新井康弘
ムコ(ボンの幼なじみ) - てっぺい右利き
感想
ありそうでなかった葬儀屋ドラマである。柿澤勇人が原作主人公に見た目を寄せていてすごい。
柿澤が余命宣告され、抗がん剤治療のため3ヶ月の入院を断るところから話が始まる。仕事を休めない、というのだが、第1話終盤では経理の筒井真理子が仕事が少ないとぼやいているので、言葉通りの意味ではないのだろう。原作ではこの男は元刑事であり、その内面の複雑さがプロットを牽引するようだ。
ところで私は昨年はじめて喪主になったのだが、葬儀とは何なのかいまだによくわからない。当事者である間はあれよあれよと過ぎてしまうし、大切なものといえばそうなのかもしれないが、結局区切りの儀式であって、良い区切りも悪い区切りもない気がするのだ(ただ参列した人の記憶にはずっととどまる)。人はあまり葬儀のことを深く考えないし、考えても答えは得られない。
『終のひと』を観るには?
『終のひと』作品情報
原作 – 清水俊『終のひと』(双葉社アクションコミックス刊)
脚本 – 倉光泰子、川﨑龍太、金子鈴幸、
音楽 – 境直哉
主題歌 – 奇妙礼太郎「愛がすべてのこと」(ビクターエンタテインメント)
演出 – 小村昌士、大内舞子
プロデューサー – 佐井大紀、池本翔(ユニオン映画)
配信プロデューサー – 齊藤彩奈、高橋果菜子、杉山香織
制作 – ユニオン映画
製作 – 「終のひと」製作委員会
『終のひと』の原作
仕事に追われる日々を過ごす梵 孝太郎(そよぎ こうたろう)に突如訪れた母親の死。初めての葬儀に戸惑う梵の前に現れたのは、弔いのプロフェッショナル・嗣江宗助(しえ そうすけ)。故人・遺族・参列者の想いが交叉する、弔いの場の裏方「葬儀屋」の世界を新鋭が描き出す――命の終わりのヒューマンドラマ。

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