『透明人間』ってどんな映画?
天才科学者の恋人から逃げ出した女性が、彼の狂言自殺を機に見えない恐怖に追い詰められていくソリッド・スリラー。
『SAW』の脚本や、SFアクション『アップグレード』の監督として頭脳派の恐怖演出を確立したリー・ワネルがメガホンを取り、H・G・ウェルズの古典をDVやモラハラ問題に重ねて再構築した。「誰もいない空間」を巧みに使った息詰まる演出が高く評価され、全米ボックスオフィスで初登場1位を記録した一方、後半の展開には好悪が分かれる声もある。
主演のエリザベス・モスの鬼気迫る演技は、目に見えない脅威に怯え、次第に狂気を帯びて反撃に出る女性の心理を体現しており、観る者をサスペンスの渦へ引き込む。
あらすじ
富豪で天才科学者の恋人エイドリアンの度を越した束縛に恐怖を抱き、苦悩を深めるセシリア。そんなある夜、ついに彼女は彼の豪邸からの脱出に成功する。やがてエイドリアンは悲嘆のあまり自殺。しかし、セシリアは彼の死を信じられずにいた。そんな中、彼女の周囲で不可解な現象が起こり始める。
キャスト
エイドリアン・グリフィン(天才的な光学系科学者) – オリヴァー・ジャクソン=コーエン
ジェームズ・レイニア(セシリアの妹でエミリーの友人) – オルディス・ホッジ
シドニー・レイニア(ジェームズの娘) – ストーム・リード
エミリー・カシュ(セシリアの妹) – ハリエット・ダイアー
トム・グリフィン(エイドリアンの兄で弁護士) – マイケル・ドーマン
マーク – ベネディクト・ハーディ
アニー – アマリ・ゴールデン
レックリー刑事 – サラ・スミス
看護師 – ザラ・マイケルズ
事故の犠牲者 – アンソニー・ブランドン・ウォン
ガードマン – ナッシュ・エドガートン
感想
透明人間をモチーフとする映画は、「見えない存在が人間社会に何をもたらすか」という時代ごとの不安を映してきた。本作はジェイムズ・ホエール版のリブートとされるが、単なるリメイクではない。また「透明化による欲望の解放」「身体消失の怪奇性」に重点を置いたバーホヴェンの「インビジブル」や、「空間的不安」と「存在消失の恐怖」を描いたジョン・カーペンターの「透明人間」とも異なる。
ホエール版の本質は「科学が人格を侵食する恐怖」にあり、透明人間映画の原型を作った。透明化したジャック・グリフィンは、監視されない存在となり、神のような万能感へ酔い、倫理を失っていく。いわば不可視化された権力が暴走する映画である。
バーホーヴェン版(『インビジブル』)では、透明化した男の性欲と暴力性が露悪的に描かれた(きわめてバーホーヴェン的である)。セバスチャンは透明になることで、覗き・性的逸脱・殺人に堕ちていく。「人間は監視されなくなると怪物になる」ことを描いている点で、ホエール版の延長線にある(透明化=モラル崩壊)。
一転して、本作の透明人間は、現代的な「支配的パートナー」である。映画中盤まで主人公セシリアは透明人間を「見て」いない。それでも映画を観ている者は、彼女が怯える理由を理解している。「透明化」は単なる先端技術ではなく、被害者の恐怖体験を視覚化する装置になっている。透明人間側の側に立つのではなく、被害者側に立つことで映画の倫理構造が変わる。「透明人間に狙われていると訴える女性が社会から信じてもらえない状態」を描いた本作は、きわめて現代的な恐怖を描いている。
包帯や血痕が動いたりして人体が消えるというホエールやバーホーヴェンの映画は言うまでもなく特殊効果を見せるための映画だが、本作のキャメラが映し続けるのは、誰もいない廊下、空白のフレーム、開いたドアなどの長回しであり、観る者は「そこに透明人間がいるのではないか」と目を凝らす。そういう意味ではジョン・カーペンター版に近いとも言えるが、カーペンターが終末論的・超自然的恐怖へ向かうったのに対し、リー・ワネルは徹底して家庭内支配の恐怖へと収束させることで、SFホラーの顔をしたDVスリラーを撮った。
ホエール版では透明人間は科学暴走の怪物として駆逐され、バーホーヴェン版ではモンスター化した男との戦いが展開された。本作の場合、セシリア自身が“透明性”を逆利用する結末が採用され、見えない暴力に対抗するため自らも不可視の側へ踏み込むというダークな結末になっている。暴力の構造は変わらず、ただ支配する側が入れ替わっただけなのだ。「透明人間」という古典怪奇を#MeToo以後の社会心理へ変換した本作は、「見えない怪物」を「被害者だけには見えている支配構造」に変換することで、ホエールの映画をリブートしたのである。
『透明人間』を観るには?
『透明人間』作品情報
脚本 – リー・ワネル
原作 – H・G・ウェルズ『透明人間』、ジェイムズ・ホエール『透明人間』
製作 – ジェイソン・ブラム、カイリー・デュ・フレズネ
製作総指揮 – リー・ワネル、ローズマリー・ブライト、ベン・グラント、ベアトリス・セケイラ、ジャネット・ヴォルトゥルノ
音楽 – ベンジャミン・ウォルフィッシュ
撮影 – ステファン・ダスキオ
編集 – アンディ・キャニー
製作会社 – ユニバーサル・ピクチャーズ、ブラムハウス・プロダクションズ、ゴールポスト・ピクチャーズ、ナーバス・ティック
配給 – オーストラリア・アメリカ:ユニバーサル・ピクチャーズ、日本:東宝東和
公開 – オーストラリア:2020年2月27日、アメリカ:2020年2月28日、日本:2020年7月10日
上映時間 – 124分



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