いばらの王 -King of Thorn-

X Facebook B! はてブ
『いばらの王 -King of Thorn-』はサンライズ制作のアニメ映画。2010年5月1日公開。シッチェス・カタロニア国際映画祭(スペイン)、ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭(ベルギー)、サイ-ファイ・ロンドン・オクトーバーフェスティバル(イギリス)、イタリア・フューチャー・フィルム・フェスティバル(イタリア)、国際アニメーション映画祭 アニログ(ハンガリー / オーストリア)、チョンジュ国際映画祭(韓国)などに選出・出品されて高評価を得ている。

『いばらの王 -King of Thorn-』ってどんな映画?

逃げろ。眠りから覚めた世界はいばらに覆われていた——。
生き残りをかけた、驚愕のSFサバイバル・パニック!
岩原裕二による人気漫画『いばらの王』を、『アップルシード』や『THE ビッグオー』で知られる片山一良監督が映像化したSFサバイバル・アクションアニメ映画。
石化病「メドゥサ」の脅威に晒された世界で、コールドスリープから目覚めた人々が、変貌した施設と異形の生物たちからの脱出を試みる中で、驚愕の真相に迫っていく。

キャスト

カスミ・イシキ - CV: 花澤香菜
マルコ・オーエン(刑期60年の囚人) - CV: 森川智之
ロン・ポートマン(警官) - CV: 乃村健次
ティム(小学生) - CV: 矢島晶子
キャサリン・ターナー(看護師) - CV: 大原さやか
メガネの男(技師) - CV: 三木眞一郎
イタリア人の議員 - CV: 廣田行生
シズク・イシキ(カスミの双子の姉) - CV: 仙台エリ

感想

本作の意図は、原作のセカイ系的な内省的モチーフを、ハリウッド的なSFサバイバル・スリラーのガジェットと演出文法で再構築することにあったと考えられる。

不治の病「メデュサ」に侵され、医療発展を期してコールドスリープしたヒロイン=カスミが目覚めると、最先端医学が結集していたはずの施設には、謎のいばらと怪物がはびこっている。次々と襲いかかるギミックから逃れつつ、役割分担された生存者たちが物理的ゴールとしての「外」を目指す序盤は、『エイリアン』を思わせる閉鎖空間型のSFサバイバル・スリラーだが、物語が進むにつれ、そもそも「外」に客観的な現実が残されているのかという前提そのものが揺らぎ始める。脱出すべき現実そのものが、カスミと双子の姉シズクのきわめて個人的なトラウマや願望と直結した内面世界へと変貌していくのだ。言ってみれば、物理的な「壁」を突破しようとするハリウッド的ダイナミズムが、自己の「心」の深淵へと沈み込んでいくセカイ系特有の「精神的世界への内面運動」によって無効化されている。

この対立はキャラの造形と配置にも現れており、戦闘力に長けたマルコ・オーエンというキャラは、冷笑的だが芯のある正義感、過去の罪(ハッカーとしての因縁)を背負った典型的なハリウッド型アクションヒーローである。即物的なリアルを生きる彼は、論理と暴力で状況を打開しようとするが、物語を駆動する中心には双子姉妹の共依存と喪失の恐怖があり、その関係性が、いばらと怪物の出現、そしてカスミという存在そのものに直結している。最終決着には、マルコによるシステムへの物理的介入と、カスミ/シズクによる自己認識の回復という、二つの解決が必要になる。

本作が前半で採用するサバイバル・スリラーの文法では、「怪物は何なのか」「なぜ施設はこうなったのか」「どうすれば脱出できるのか」という因果の解明そのものがサスペンスを駆動する。ところが本作では、中盤以降、その因果関係のリアリズムが崩壊しており、怪物の正体は「シズクの生み出したファンタジー」であり、世界のルールそのものが一人の少女の主観によって書き換えられてしまう。個人の想像力が客観的現実を凌駕する決着は、前半のサバイバル・スリラーの文法に従って物語を読み解いてきた観客に唐突な印象を与え、難解さや割り切れなさを残す。

しかし本作は本当に失敗作なのだろうか。

そもそも、岩原裕二の原作自体が「洋画的なB級パニックアクションの皮を被ったSF・セカイ系」という二面性を持っている。これを劇場アニメ化するにあたって、通常ならどちらかに純化させることもできたはずだ。設定をシンプルにしてマルコがカスミを救う「ハリウッド的脱出劇」にするか、最初からパニック要素を抑えて姉妹の内面世界を中心に描くか、である。

ところが本作はそのどちらにも行かず、外へ向かうハリウッド型サバイバル・スリラーと、内へ向かうセカイ系的心理ドラマを最後まで同居させた。洋画的なスリルに興奮していた観客にとっては、客寄せ(外枠)としての「ハリウッド的アクション」と、作品の核心(内実)としての「セカイ系的心理ドラマ」を映画の尺に詰め込んだ結果、両者をグラデーションのように融合させる時間が足りず、「前半と後半でジャンルが裏返る」未統合な作品になってしまったようにも見える。しかし、ハリウッド的なマルコが最終的に少女のイマジネーションによって変容した世界に圧倒されていく構造は、結果的に、論理と行動によって世界を攻略していく古典的なハリウッド型ジャンル映画の文法を内側から突き崩すものにもなっている。

「現実」と呼んでいたものが誰かの願望によって生成されたものかもしれない、というラストの「割り切れなさ」は、まさに作中の生存者たちが味わった「現実がファンタジーに書き換わっていく恐怖と困惑」そのものだ。観客自身もまた、マルコたちと同じように、「論理で攻略可能な世界」から途中で放り出されるのである。商業的なエンターテインメントの枠組みを借りながら、その枠組みでは処理できない「一人の少女の孤独」という感情で観客を殴る。そこに、この歪で割り切れない映画ならではの緊張感と魅力があるように思える。

『いばらの王 -King of Thorn-』を観るには?

※配信サービスは記事投稿時点のもので、配信が終了している場合があります

『いばらの王 -King of Thorn-』作品情報

原作 – 岩原裕二(エンターブレイン刊行)
監督 – 片山一良
脚本 – 山口宏、片山一良
キャラクターデザイン – 松原秀典
モンスターデザイン – 安藤賢司
メカニックデザイン – 山根公利
総作画監督 – 恩田尚之
エフェクト作画監督 – 橋本敬史
絵コンテ – 片山一良、須永司
演出 – 遠藤広隆、内田信吾
作画監督 – 吉岡毅、牧孝雄、鈴木竜也、千葉崇洋、堀内博之、松田勝巳、川名久美子、岩田幸大、原田大基、滝口禎一、野口寛明、末永宏一
美術監督 – 中村豪希
CG監督 – 中島智成
色彩設計 – 中内照美
撮影監督 – 佐藤光洋
編集 – 掛須秀一
音楽 – 佐橋俊彦
主題歌 – 『EDGE OF THIS WORLD』(アリオラジャパン)歌・作詞: MISIA / 作曲 – Sinkiroh / 編曲 – Gomi
音響監修 – 鶴岡陽太
プロデューサー – 土屋康昌木村淳一
制作会社 – サンライズ
製作会社 – 「いばらの王」製作委員会(バンダイビジュアル / サンライズ / エンターブレイン / 角川映画 / テレビ東京 / 電通 / ソニーPCL)
配給 – 角川映画
公開 – 2010年5月1日
上映時間 – 110分

ご感想、ご意見をお待ちしています