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冒頭のカレンダーに、一瞬、「ヴィック(Vic)とのお下がり交換会」の予定という重大な伏線が映り込んでいる。ヴィックと亡妻マーゴットには面識があったのだ。
2021年の映画

ベケット

どうでも良いと思われる政治的な背景が映画を観ているだけだとはなはだピンとこないのは、それとは関係なく、映画の作りがガタガタだからということでもある。
2020年の映画

ザ・ハント

監督はB級映画の常道を逆手にとっていて、冒頭まもなく始まるサバイバルゲームは実際その要素満載。ほとんど期待しないで観始めたら、これは傑作であった。
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Wの悲劇

ラストシーンの彼女がエンドクレジットが流れる数分間にストップモーションになっても、飽かずにそれを眺めていられる感動は、澤井監督が意図した通りだった。
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INTERCEPTOR/インターセプター

セガールの駄作より酷いと評判の映画だが、何も考えずに観るにはちょうどいいとも言える。大袈裟な劇伴も90年代みたいなアホらしさで、楽しい。
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HELP/復讐島

レイチェル・マクアダムスのキャラ設定が絶妙で、中盤までは好意的に見ることも可能なのだが、後半になるにつれ、少しずつ怪物性を露わにしていく。
2020年の映画

透明人間

中盤までセシリアは透明人間を「見て」いないが、観客は彼女が怯える理由を理解している。「透明人間に狙われていると訴える女性が社会から信じてもらえない状態」はきわめて現代的な恐怖なのだ。
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ジャックは一体何をした?

1930〜50年代のB級犯罪映画のテンプレとも言える台詞が大量に混入しており、リンチはそれらを記号の「抜け殻」として配置している。刑事もジャックも映画の中の人物を演じ続けているのだ。
2011年の映画

ファイナル・デッドブリッジ

「観たと思うけど?」と思いつつチェックしたら未見だった。いや観たかもしれないのだが、「デッドブラッド」を観た今となってはどちらでもいいような出来だった。
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007 スペクター

「スカイフォール」に及びもつかぬとっ散らかった映画だった。スペクターとプロフェルドの権利をMGMが買い戻したものの、うまく復活させられず、まるでマーベルユニバースみたいになってしまった。
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ミッシング・デイ

シカゴの夫婦がハイチ地震の孤児ニーナを引き取りにプエルトリコに来る。翌朝ニーナが誘拐され、夫婦は養子縁組が詐欺だと知り唖然となるところまでが映画として面白い。これ以降はすべて蛇足の展開。
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ゴーン・ガール

共依存と支配の物語。ロザムンド・パイク演じる悪女エイミーがニックを憎悪しながらもその作り笑いに執着し、ニックもまた彼女を畏れながらも支配される環境を自分の場所として受け入れる。
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波紋

この映画に関してはネタバレを書きたくない。私は感動のあまり思わず涙ぐんでしまったのだが、できれば同じ驚きを共有してほしいからだ。
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グランド・イリュージョン

これは面白いはず、と思って観始めて、実際、途中までは面白く観ていたのだが、本作はかなり宙吊りの状態で終わる映画である。
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15時17分、パリ行き

元来イーストウッドは俳優への演技指導に関心がないと言われる。俳優を起用せずにここまでのものを撮れることに驚くべきではないのか。伏線皆無の細かな事実の積み重ねによる緊迫感!
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ザ・ウォッチャーズ

中ダレが激しいのだが、終盤は以下でネタバレするような畳みかけ&3重底のどんでん返しがあり、後味は悪くない。
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007 スカイフォール

シルヴァのMに対する想いは複雑怪奇に屈折しまくっており、結局、彼とボンドは母なるMを抱く兄弟なのだ(MはMで、スコットランドの自然を前にボンドの母親であるかのような台詞を吐く)。
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爆弾

タゴサクは、言ってみればソーシャルネットワークにおける「炎上」装置を体現する存在であり、一貫して「霊感」「催眠術」と他責の姿勢を崩さないのも、匿名の悪意の肥大を思わせる。
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動物界

ここには移民、障害者、分断、戦争といったメタファーがあり、つまり多様性への眼差しがある。フランス映画らしいアート寄りのスリラーである。
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ある殺し屋

「俺は自分しか信用しない。死刑台にのぼるのも俺ひとりでたくさんだ」とうそぶくニヒルな市川雷蔵は、思えば眠狂四郎と通じるものがある。
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