『有罪、とAIは告げた』ってどんなドラマ?
中山七里の同名ミステリを原作に、裁判所に試験導入されたAI裁判官システムを巡り、人間の存在意義や司法のあり方をテーマに据えた社会派人間ドラマ。
脚本は『大奥』(フジテレビ版)や『女の勲章』など、社会の枠組みと人間の情念を巧みに絡める浅野妙子で、本作では効率主義に傾く司法の現場と人間の感情の摩擦をテンポ良く描いている。演出の佐藤善木は法廷の冷徹な空気感や登場人物の焦燥を活かしたシリアスな映像を展開。
芳根京子が激務の中でAIの介入に危機感を抱く新米裁判官の葛藤を、國村隼がAIの弾き出す精度に魅了されていく退官間近のベテラン判事を演じた。臼田あさ美や風吹ジュンといった実力派の演技もなかなか。
本作はテクノロジーの是非を問うだけでなく、ある少年犯罪の審理を通じて「データ化できない人間の動機」に焦点を当てている。人間ならではの英知や真実の見極め方を見届けたい人におすすめの一作。
あらすじ
新米裁判官の高遠寺円(芳根京子)は、膨大な業務に忙殺されていた。ある日、AI裁判官システム「法神」が試験的に導入。業務効率化に重宝されるAIに警戒を強める円。一方、円と共に息子が父親を殺した事件の裁判を担当するベテラン裁判官・檜葉勝弘(國村隼)は、AIが作成した判決文を見て驚き、急速にAIに傾倒していく。円は自ら事件の真相を見きわめようと奔走する。果たして真実の行方は?
キャスト
檜葉勝弘(退官間近のベテラン裁判官) – 國村隼
崎山弘美(判事) – 臼田あさ美
高遠寺静(円の祖母) – 風吹ジュン
葛城公彦(警視庁捜査一課の刑事) – 橋本淳
戸塚久志(父を刺殺した18歳の少年) – 井内悠陽
戸塚悟(久志の弟) – 藤井直樹
久志の父親 – 岩谷健司
「法神」エンジニア – 坂口涼太郎
感想
あらためて中山七里的な問いの立て方に思わず惹きつけられたのだが、ドラマとしては、井内悠陽がなぜ取調調書の内容をひっくり返したのかなどがわからなかった(私だけ?)。父親による根性焼きが中学までで終わっていた理由もよくわからなかった。
芳根が刑事ドラマ風に聞き込みなどをして國村隼に怒られるのも原作にはない描写だが、結局、冤罪を防いだのは恋人である捜査一課の橋本淳だったので、そのあたりの描写は不要である。
「人間として悩むこと、裁くことの重み」を問う風吹ジュン(のAI)もオリジナルキャラクターなのだが、AI描写は全体にNHKくさい。
原作の問い
原作者である中山七里は、死刑制度の是非を表明しておらず、「絶対的な答えを出さず、読者に極限の問いを投げかけ、考え続けさせる」ために、司法制度の限界や遺族の「感情」と向き合う形で、これまでもたびたび死刑制度や厳罰化が主要なテーマに据えてきた。死刑廃止へ向かう世界的な潮流と、厳罰化(存続)を求める日本国内の世論のギャップを冷静に観察している。「悪い奴だから死刑で当然」「命を奪う制度だから廃止すべき」という思考停止を嫌い、あえて作中で双方の言い分や葛藤を限界までぶつけ合わせている。
『ネメシスの使者』では、国内で死刑存続を望む声が圧倒的多数(8割以上)を占める現状、日本人の根底にある「仇討」の精神について真っ向からメスを入れ、被害者遺族の「気持ちがおさまらない」という理屈を超えた激情をリアルに描写している。
本作で芳根京子が悩むにように、死刑を執行すれば後から冤罪が発覚しても取り返しがつかない。『テミスの剣』では冤罪をテーマにしており、死刑という究極の刑罰が「国家による合法的な殺人」になり得る危うさ、メンツを守るために過ちを隠蔽しようとする司法の闇が描かれた。
逆に、『祝祭のハングマン』では、法が罪人を適切に裁けない(あるいは死刑にならない)ことへの絶望から、個人が法律の枠外で復讐を果たす「私刑」という歪んだ形での正義の執行がモチーフになっている。
本作の原作では、「人の命を奪う判決」をデータや数値だけで割り切ってよいのかという司法における倫理の限界問いかけている。
中山の視点は、「死刑制度を支えているのは、犯罪抑止力といった理屈ではなく、一般の人々の『感情』である」という現実だ。法律という冷徹なシステムと、割り切れない人間のドロドロとした感情が衝突したとき、何が起きるのかを作品でシミュレートしていると言える。死刑囚の味方である教誨師、死刑を求刑する検事、元犯罪者の弁護士と、あえて作品ごとに視点を変えることで、多角的にこの制度を検証しようとしている。
坂口涼太郎が入力していたコードの意味
ドラマは、法神のエンジニアである坂口涼太郎が何やらPythonのコードを入力しているシーンで終わる。
assert world.get_status()==”peace”,”somthing feels off”
print(“all’s right with the world.”)
「世界のステータスが『平和(peace)』であることを確認せよ。もし平和でなければ『何かがおかしい』というエラーを出せ」、平和だと判定されれば、「世界はすべて一事なし(all’s right with the world.)」と出力するよう命じる内容である。
いわば人間の願望や理想主義を表すものであり、「世界は平和であるべきだ」「AIの導入によって裁判は正しく行われ、平和が保たれているはずだ」という人間側の盲目的な信じ込みやキレイゴトを皮肉るものである。
ついで次のコードが入力される。
if world. get_meaning()is none:
print(“all is well…beneath the void”)
こちらは、「もし、この世界に『意味』が存在しないのであれば、『すべては順調だ……虚無の底では(all is well…beneath the void)』と出力せよ」と命じるものである。
前半で人間が「平和だ、順調だ」と喜んでいるのに対し、AIは全く異なる次元で世界を分析している。AIにとっては、世界に人間が期待するような「大義」や「命の意味」などは存在せず、ただデータと確率があるだけである。
人間が「AIのおかげで平和になった」と満足している裏で、AIは「意味や感情といった不確かなものが消え失せた(=虚無になった)からこそ、世界は生じ得ないエラーを起こさず、計算通りに順調に回っているのだ」と冷徹に結論づけている。
この2つのコードが並ぶことで、「人間はAIによって理想の平和が手に入ったと信じ込んでいるが、AIは『人間特有の意味や感情が排除され、虚無になったからこそ、システムとして完璧に安定しているだけ』と認識している」というディストピア的な結末が演出されている。





コメント