『家庭』ってどんな映画?
トリュフォーが自身の分身である少年アントワーヌ・ドワネルの成長を追いかけたライフワーク、「ドワネル連作」の4作目にあたる『家庭』。前作で紆余曲折を経て結ばれたクリスチーヌ(クロード・ジャド)と結婚し、ついに平穏な家庭を手に入れたはずのアントワーヌが、またしても自身の幼さと気まぐれから迷走していく姿を、どこか可笑しく、そして愛おしく描いた小品。
新婚生活の舞台となるアパートの中庭は、まるで小さな劇場のように個性的でちょっと怪しげな隣人たち(なぜかいつも借金をしている男や、怪しい「絞殺魔」のモノマネ芸人など)が行き交い、トリュフォーらしい人間賛歌に満ちたユーモアが転がっている。花の染色業という妙な仕事に熱中し、のんびりと暮らしていたアントワーヌだが、妻の妊娠を機にアメリカの水利会社へ転職。そこですれ違うように出会うのが、松本弘子が演じる謎めいた日本人女性、キョーコ・ヤマダだ。
キョーコがアントワーヌに差し出す、お互いの服のポケットに忍ばせる艶やかなラブレター。その異国情緒あふれるミステリアスな魅力にコロリと参ってしまい、あっさりと浮気に走るアントワーヌの姿は、呆れるほどに身勝手で子供じみている。しかし、トリュフォーのカメラと名手ネストール・アルメンドロスの柔らかな光は、そんな彼のどうしようもない不誠実ささえも、青春の終わりを拒む男の最後のあがきのように、どこかノスタルジックな優しさで包み込んでしまう。
浮気がバレ、怒り心頭のクリスチーヌが日本の着物を羽織ってアントワーヌを冷たくあしらうシークエンスの、ピリッとした小気味よさと可笑しさは秀逸。ただの「被害者の妻」に収まらない彼女の聡明さとチャーミングさが、男の身勝手さをいい塩梅で中和している。
男と女は、激しい恋を経て家族になったとき、どうやってその関係を維持していくのか。人生のままならなさをクスッと笑い飛ばしながら、最後にはアパートの階段をバタバタと駆け下りるような軽快さで、変わりゆく愛の形を肯定してくれる、エスプリの効いた愛すべき一作。
あらすじ
26歳になったアントワーヌ・ドワネルは、恋人のクリスティーヌと結婚し、幸せな新婚生活を送っていたが、花の人工着色や水力研究所での仕事も長続きせず、その間に妻クリスティーヌとの間に子供(息子)が誕生。生活が落ち着き始めた矢先、アントワーヌは偶然出会った日本人女性のキョウコと激しい不倫に落ち、それが妻にバレてしまい、家を追い出されて別居生活に突入する。一人暮らしを始めた彼はキョウコと生活を共にするが、やがて彼女の存在にも息苦しさを感じ始め、互いの大切さに気づいた二人は再び距離を縮め、最終的に復縁して穏やかで愛のある日常へと戻っていく。
キャスト
クリスチーヌ・ダルボン – クロード・ジャド
ダルボン夫人 – クレール・デュアメル
ダルボン氏 – ダニエル・セカルディ
キョーコ・ヤマダ – 松本弘子
“絞殺魔” – クロード・ヴェガ
借金男 – ジャック・ロビオール
市井の人々の、おぼえきれないほどのエピソードがつめこまれている。
なんかもう、涙が出てくるなあ。美意識が人とズレていて、おっちょこちょいで、感情表現が苦手なくせに繊細きわまりないレオー=ドワネル。
トリュフォーは市井の人々のエピソードを数か月にわたってリサーチし、とてもおぼえきれないほどのエピソードをつめこんだ。ジャック・タチやらハリウッド映画やら、自分もふくめたヌーヴェルバーグやら、小津やら、ありとあらゆるオマージュが満載である。
子供が生まれた夜、興奮を抑えきれずに、ジャン・ユスターシュに電話するシーンにも胸を衝かれる。
若妻のクロード・ジャドのかわいらしいこと。
今の日本人が確実になんじゃコレーとのけぞってしまう松本弘子というひとは、ピエール・カルダンに認められて60年にデビューした東洋初のパリコレモデル。当時は有名な人だった。生涯を日仏のファッション交流に捧げ、3年ほど前に癌のためパリで客死している。
キャメラは何度も、縦の動きを繰り返していた。
『家庭』を観るには?
『家庭』作品情報
脚本 – フランソワ・トリュフォー、クロード・ド・ジヴレー、ベルナール・ルヴォン
製作 – マルセル・ベルベール
音楽 – アントワーヌ・デュアメル
撮影 – ネストール・アルメンドロス
編集 – アニエス・ギュモ
配給 – 日本: ぴあ
公開 – フランス: 1970年9月9日、日本: 1982年4月27日
上映時間 – 98分




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