『波紋』ってどんな映画?
絶望を笑いに変える究極の「絶望エンターテインメント」。筒井真理子演じる依子が、失踪した夫(光石研)の突然の帰宅や、新興宗教、介護、息子(磯村勇斗)の結婚問題など、次々と押し寄せる「日常の不条理」に対して、波紋のようにじわじわと感情を爆発させていく。江口のりこや安藤玉恵、さらにはムロツヨシといったクセの強い実力派たちが織りなす「荻上ワールド」の新境地ともいえる一作。
あらすじ
震災で妻と子供を置いて家を出ていった夫が、ガンになったと言ってある日突然帰ってくる。親の介護を妻任せにしていたのに妻の不在中に仏壇周りを漁り、自分の治療費に充てようとする夫。結局その夫を自分の家で看取ることになる。主人公の趣味は庭造り。夫が平然と妻の漬けたラッキョウを食べて満足そうに過ごしているのをみて白ける妻…
見どころ
筒井真理子の「抑制と爆発」のリアリズム
筒井真理子が新興宗教「緑命会」を信仰し、波風を立てないよう必死に理性を保つ主婦・依子を怪演。
失踪した夫(光石研)が突然帰ってきたり、息子(磯村勇斗)が恋人を連れてきたり、パート先で理不尽に怒鳴られたり。それらを「お祈り」で抑え込もうとする際の、喉元で鳴るような嗚咽や指先の震え。「追い詰められた人間のリアリティ」が見事。ラストでは溜まりに溜まった感情が「ある形」で爆発する。筒井の表情と動きは日本映画史に残るカタルシスと言える。
荻上直子の「絶望を笑う」視点
『かもめ食堂』のような“優しい世界”を期待して見ると「毒」に驚かさえることになる。
庭の枯山水を整え、怪しげな水を飲み、常に穏やかに微笑もうとする「普通を装う姿」が、なまじのホラー映画よりも恐い。介護や障碍、放射能、新興宗教といった重いテーマをある意味突き放した「喜劇」として描くバランス感覚が秀逸。
名バイプレイヤーの贅沢すぎる使い道
本作では驚くほど豪華なキャストが「そんな役で!?」という使い方をされている。まず光石研だが、史上最高に「身勝手でイライラさせる夫」を演じさせたら右に出るものはいないだろう。そして木野花、キムラ緑子、ら宗教仲間の「良かれと思って追い詰める」圧の強さ。隣人・安藤玉恵の生活感は、依子の狂気をより際立たせる。さらにムロツヨシと柄本明は、ほんの数シーンの出演ながら強烈なインパクトを残す劇薬的なエピソードに登場する。
「庭」という精神世界のメタファー
依子が執着する「枯山水の庭」は、彼女の心の象徴である。白砂を美しく整え、ゴミ一つ落ちていない庭は、ドロドロした感情を押し殺して作り上げた「偽りの平穏」を意味する。物語が進むにつれ、その庭がどう変化していくか、視覚的なメタファーに注目するとその精神解放をより深く理解できるだろう。
本作は、ケアをするのが当たり前だと思われている女性からの支持が圧倒的だという。「震災」をきっかけに家族の歯車が狂い、10年以上かけて溜まった澱(おり)をどう処理するのか。「絶望を笑え。」というキャッチコピーの通り、見終わった後は「どん底」なのに、なぜか足取りが軽くなる映画だ。
感想
この映画に関してはネタバレを書きたくない。私は感動のあまり思わず涙ぐんでしまったのだが、できれば同じ驚きを共有してほしいからだ。
物語は3.11直後に始まる。放射能汚染を恐れて主婦がミネラルウォーターに群がるニュースを「気にしすぎだ」と一蹴していた夫の光石研が、筒井真理子や息子、寝たきりの父親を置いて失踪。
ひとりで義父を看取り、「命の水」をモチーフとする新興宗教「緑命会」に傾倒することで正気を保っていた筒井は、息子(磯村優斗)が九州に進学・就職した後の一人の生活を正確なルーティーンで送っていたが、そこに光石研がボロボロの姿で帰還、「実は癌になった」と告白され、受け入れざるを得なくなる。
当時の人々の行動をめぐるこのアイロニカルなプロットも秀逸なのだが、いつもながら光石研のクズ夫ぶりが巧い。緑命水のボトルが所狭しと並ぶ家内にびびりながらも、あえて余計なことを口にせず、筒井がパートに出るや、すぐさま預金通帳を探し始める。おずおずしていたのは最初だけで、やがて勝手に緑命水を普段使いでグビグビ飲む始末。感情を押し殺している筒井真理子の舌打ちや給仕の手つき、眉間のピクつき加減など、見ている側がヒヤヒヤする(終盤、点滴治療を受ける光石の傍らで、薬の滴が落ちるのに合わせて「20万、25万…」と低く呟いている描写も見ものである)。
中盤、磯村優斗が(仕事のついでに?)里帰りするのだが、聴覚障害の恋人(本当に難聴の津田絵理奈が演じる)を連れており、同棲中と聞いて筒井は呼吸困難の発作を起こす(それまでにもホットフラッシュなど更年期障害に悩まされる描写がある)。津田と磯村は筒井の目の前で、手話で筒井の悪口を言い合うなど傍若無人で、津田は強気の障碍者として振る舞い、筒井は「ストレートな差別感情」を隠せない(この表現はパート仲間の木野花によるもの)。この結果、夫も息子のいなかった平穏なルーティーンを守ることがますます難しくなっていく。
本作の紹介文を読むと新興宗教の4文字が飛び込んできて、「星の子」のようなストーリーを予想してしまうのだが、実際には、筒井真理子は次第に緑命会では自分を救うことができないことを悟っていく(映画の終盤時点ではおそらく脱会している)。
では彼女はどのように精神の危機を乗り越えることができるのか。それは、映画本編を見てほしいが、ひとつだけ言うと、本作のブリッジに使われているハンドクラップが伏線になっている。
『波紋』を観るには?
『波紋』作品情報
キャスト
須藤修 – 光石研
須藤拓哉 – 磯村勇斗
渡辺美佐江 – 安藤玉恵
小笠原ひとみ – 江口のりこ
伊藤節子 – 平岩紙
佐伯 – ムロツヨシ
川上珠美 – 津田絵理奈
花王おさむ” target=”_blank”>
門倉太郎 – 柄本明
水木 – 木野花
橋本昌子 – キムラ緑子
スタッフその他
脚本 – 荻上直子
製作 – 杉田浩光、渡辺誠、米満一正
製作総指揮 – 富田朋子、堤天心、小山洋平、高津英泰、久田晴喜、寺井禎浩
音楽 – 井出博子
撮影 – 山本英夫
編集 – 普嶋信一
制作会社 – テレビマンユニオン
製作会社 – 映画「波紋」フィルムパートナーズ
配給 – ショウゲート
公開 – 2023年5月26日
上映時間 – 120分




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