『サマー・オブ・サム』ってどんな映画?
1977年のニューヨークを震撼させた実在の連続殺人鬼「サムの息子」事件を背景に、狂騒と疑心暗鬼に飲み込まれていくブロンクスの若者たちの姿を、スパイク・リー監督がエネルギッシュに描き出した群像劇の傑作。
当時のパンクロックやディスコの熱気、そしてうだるような夏の湿度が画面から伝わってくるような演出は圧巻。エイドリアン・ブロディがパンクに傾倒していくリッチーを危うく演じ、ジョン・レグイザモが色欲と罪悪感に揺れるヴィニーを熱演した。
脚本に『ザ・ソプラノズ』のクリストファー役で知られるマイケル・インペリオリが参加していたり、強烈な「犬の声」をジョン・タトゥーロが演じていたりと、スパイク・リー人脈が凝縮されている。
凄惨な事件そのものよりも、それによって炙り出される「人間の不信感」が何より恐ろしい……そんな1977年の夏の記憶。
あらすじ
1977年、ニューヨークの夏。妻ディオナと、浮気ばかりしている美容師の夫ヴィニー、更にヴィニーの友人で、ロンドンでパンク・ロックに感化されたリッチーは、「サムの息子」による連続殺人事件に巻き込まれていく。
キャスト
リッチー – エイドリアン・ブロディ
ディオナ – ミラ・ソルヴィノ
ルビー – ジェニファー・エスポジート
ジョーイ – マイケル・リスポリ
ルー – アンソニー・ラパーリア
ルイージ – ベン・ギャザラ
マリオ – アーサー・ナスカレッラ
グロリア – ビビ・ニューワース
エディ – マイク・スター
ヘレン – パティ・ルポーン
ジョン・ジェフリーズ – スパイク・リー
サイモン – ジョン・サヴェージ
サムの息子 – マイケル・バダルコ
黒犬のハーヴェイ – ジョン・タトゥーロ
ジミー・ブレスリン
ディスコブーム只中の77年、ブルックリンの殺人鬼をめぐる猛暑。
そういえば、スコセッシの「アフターアワーズ」という面白すぎる映画でも、ソーホーを徘徊する自警団が出てきていた。主人公はひどく怯えているのがぴんとこなかったが、この映画を見るとよくわかる。
時は1977年、頭がおかしくなるような猛暑のNY、ブルックリンが舞台である。44口径の銃でアベックを無差別に射殺する殺人鬼「サムの息子」とによる連続殺人事件のために、人々は疑心暗鬼とパニックに陥っている。凶行の描写はクールで、最初これで始まるので、犯罪映画と間違える。
77年というのは、まさに「サタデーナイトフィーバー」が製作された年。ディスコが世界的にブームとなった時代だが、そのミラーボール的な喧騒をよそに、ひとけがなくなった夜の街を自警団がバットを手に街を徘徊している。
美容院には、ブルネットが狙われると聞いた女たちが金髪に染めようと殺到する。警察はマフィアにたのんで犯人逮捕に懸賞金をかけてもらう。折りしも大停電が起こり、これに乗じた略奪も起こり、人々の恐慌は極限に達する。
自警団たちは「子供をはげしく叱る神父」「ベトナム帰りのタクシー運転手」など、変わり者や厄介者を容疑者リストに載せていく。背番号44のプロ野球選手レジー・ジャクソンまで疑われる始末。しかし中でも最も怪しい人物と目されたのが、イギリス帰りのパンクロッカーであるエイドリアン・ブロディである。
スラングが飛び交う中で、キングズイングリッシュを話しているのはたしかに異様で、今見ると滑稽ではあるが、当時の流行の最先端であったと思われる。この映画ではNYはとんでもない田舎町なのだ。
エイドリアンは金がなくて男娼のようなことまでしており、これが決め手のようになって、完全に「サムの息子」であるかのように扱われる。
もう一人の主人公は、なぜかやたらとモテる美容師ジョン・レグイザモ。ディスコダンスもうまい(ディスコに行くときはぴちっとしたスーツ、フレーヤーのパンタロンというベタなファッションでキメる)。美しい妻(ミラ・ソルビーノ)がありながら浮気癖がおさまらない男で、というのも、妻とセックスを楽しむことに罪悪感を持っているからで、欲求不満の妻を尻目に、浮気相手の女たちと奔放なセックスを堪能し、マリファナに溺れるのである。結局ミラ・ソルビーノは、別れないでくれと懇願する夫を捨てて出て行くことになる。
スパイク・リーの映画だが、黒人は出てこず、登場人物は全員イタリア系の青春映画である。
サムの息子とは
1976年から1977年にかけて、ニューヨークで、デヴィッド・リチャード・バーコウィッツという男が若い女性やカップルら13人を4口径回転式拳銃やショットガンで5人を銃撃、1人を刺殺し、8人に重軽傷を負わせた。被害者には性的暴行を加えておらず、金品も奪わなかったが「サムの息子(Son of Sam)」 という名でマスコミや警察に支離滅裂な内容の手紙を送りつけた。
1977年8月10日、デヴィッドはニューヨークに隣接するヨンカーズで逮捕され、殺人とともに2000件あまりの放火を自供。犯罪を日記に克明に記していた。
弁護側は裁判で精神異常による無罪を主張したが、陪審は有罪を評決し、ニューヨーク州に死刑がなかったため懲役365年となった。
「サムの息子」の人物像
ブルックリン出身で、本名はリチャード・デヴィッド・ファルコ(Richard David Falco)。学校では問題児で、学習意欲をなくして非行に走るようになり、窃盗・放火癖を持つようになった。養母が病死し、養父が再婚したことにより、家庭とも疎遠に。1971年に陸軍に入隊したが、ベトナム戦争への参加を拒否したため国内の基地や韓国の米軍基地で勤務。現地の娼婦を相手に最初で最後となる性交を果たすが、性病を移されたことから女性に対する嫌悪感を抱くようになる。1974年に名誉除隊。その後は1977年に殺人罪で逮捕されるまで郵便局員として勤務していた。
服役後
精神科医に対しては、のらりくらりと「悪魔の命令でやった」と答えていたが、FBIから調査に訪れたロバート・K・レスラーに一喝されると萎縮し、悪魔崇拝は精神異常を装うための嘘で、実際は女性に対する歪んだ欲望の発露として犯行に及んだことを認めた。
収監生活の中で聖書を読むうちにキリスト教への信仰に目覚め、犯行の詳細な自白、懺悔、そして被害者遺族への謝罪と賠償を始める。仮釈放を自ら拒否し、2025年現在も模範囚として服役し続けている。
サムの息子法
1977年、出版社がデヴィッド・バーコウィッツに多額の報酬を提示して手記をオファーしたことが問題視され、犯罪加害者が自らの犯罪物語を出版・販売して利益を得ることを阻止する「サムの息子法(Son of Sam law)」がニューヨーク州で制定された。犯罪者が自らの事件の暴露で得た収入は被害者救済に充てなければならないとされ、多くの場合、書籍出版や映画化などから得た収入は犯罪被害者への補償となる。
ただし、1978年の法は連邦最高裁でアメリカ合衆国憲法修正第1条に反すると違憲判決を受けたため、1992年に改正された。



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