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メゾン・ド・ヒミコ

3.5
柴咲コウ(メゾン・ド・ヒミコ) 映画
柴咲コウ(メゾン・ド・ヒミコ)
『メゾン・ド・ヒミコ』は2005年公開の日本映画。監督は犬童一心、脚本は渡辺あやの『ジョゼと虎と魚たち』コンビ。主演はオダギリジョー、柴咲コウ。ゲイ(男性同性愛者)のための老人ホームを舞台に、ゲイである父親を許せない娘と、そこで暮らすゲイたちの様々な生き方を描いていく。

『メゾン・ド・ヒミコ』ってどんな映画?

海辺にひっそりと佇む、年老いたゲイたちが暮らす老人ホーに迷い込んだ一人の孤独な女性が、かつて自分と母を捨てた父親、そして愛すべき住人たちとの触れ合いを通じて、固く閉ざした心をそっと溶かしていく。『ジョゼと虎と魚たち』の名コンビである犬童一心渡辺あやが、人間の孤独と愛おしさを独自の映像美で描いた珠玉のヒューマンドラマ。

見どころは、オダギリジョーが放つ退廃的で儚い美しさと、柴咲コウが見せる剥き出しの感情のぶつかり合い。
沙織が働く塗装会社の細川専務(西島秀俊)らの現実社会の冷たさと対比されるように、卑弥呼のパトロンである半田(高橋昌也)の存在や、ダンスホールで出会う中年男(大河内浩)と若い男(中村靖日)、そしてエリナ(村石千春)、昌子(久保麻衣子)、淳也(田辺季正)らが織りなす切なくも温かい日常が、沙織の父への憎しみを少しずつ絆へと変えていく。

分かり合えないはずの彼らが、共に美味しい食事を囲み、手を取り合って踊るダンスシーンの幸福感と哀愁。血の繋がりを超えて寄り添う人々の姿を見つめる、優しさに満ちた名作だ。

あらすじ

借金に追われ、日々を無気力に生きるOLの吉田沙織(柴咲コウ)。そんな彼女の前に、かつて家族を捨ててゲイバーのママとなった父・卑弥呼(田中泯)の若き恋人・岸本春彦(オダギリジョー)が現れる。春彦から「癌で先が長くない父親の面倒を見てほしい」と高額なバイトを提示された沙織は、複雑な思いを抱えたまま、父が作ったホーム「メゾン・ド・ヒミコ」へと足を踏み入れるが――。

キャスト

岸本春彦(メゾン・ド・ヒミコ館長) – オダギリジョー
吉田沙織(塗装会社で働くOL) – 柴咲コウ
卑弥呼[吉田照男](沙織の父) – 田中泯
細川専務(沙織の会社の専務) – 西島秀俊
ルビイ(女装のゲイ) – 歌澤寅右衛門
山崎(元サラリーマン) – 青山吉良
政木(元教員) – 柳澤愼一
高尾(元ヤクザ) – 井上博一
木嶋(元サラリーマン) – 森山潤久
キクエ(女装のゲイ) – 洋ちゃん
チャービー – 村上大樹
半田(卑弥呼のパトロン) – 高橋昌也
ダンスホールの中年男 – 大河内浩
ダンスホールの若い男 – 中村靖日
エリナ – 村石千春
昌子 – 久保麻衣子
淳也 – 田辺季正

渡辺あやには、かなりのキャッチーな才能を感じる。

ピンチョンの「競売ナンバー49の叫び」の終わり近くに、ヒロインのエディパがゲイの集会に紛れ込んでしまうくだりがあった。性的に隔絶された環境に飛び込んだエディパは深い孤独に落ち込むのだが、ここでは、同じ立場の柴崎コウに限らず、すべての登場人物が孤独である。

「さわりたいとこ、ないんでしょう」という驚くべき台詞を柴崎に言わせた脚本(渡辺あや)には、かなりのキャッチーな才能を感じる。台詞がいいとかいうこと以上に、場面のつなぎ、小道具の使い方(マスクとか)など、よくできている。オダギリジョー西島秀俊を誘惑するシーンも、なかなかのものである。

田中泯は、ほぼ最後まで、横たわったままの芝居である(食事シーンもあるが、ほぼ台詞と視線だけの芝居)。すごい身体感覚だ。

大磯あたりかなあ、と思って見ていたロケ地は、静岡にあるカフェ(?)だそうだ。

『メゾン・ド・ヒミコ』を観るには?

『メゾン・ド・ヒミコ』作品情報

監督 – 犬童一心
脚本 – 渡辺あや
製作 – 久保田修、小川真司
製作総指揮 – 椎名保、三木裕明
音楽 – 細野晴臣
撮影 – 蔦井孝洋
編集 – 阿部亙英
製作会社 – 「メゾン・ド・ヒミコ」製作委員会
配給 – アスミック・エース
公開 – 2005年8月27日
上映時間 – 131分

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