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『アイデンティティー』ってどんな映画?
孤立したモーテルで繰り広げられる連続殺人。
被害者の共通点——それは、全員の誕生日が同じことだった。
衝撃のラスト10分がすべてを覆す極上サイコ・ミステリー!
『ロザンナのために』や後に『LOGAN/ローガン』『フォードvsフェラーリ』を手掛けるジェームズ・マンゴールド監督による密室本格ミステリー・サスペンス。
アガサ・クリスティの不朽の名作『そして誰もいなくなった』を彷彿とさせる、嵐の夜のモーテルで起きる連続殺人事件と、同時進行で描かれる死刑囚の再審理が複雑に交錯する予測不能のサスペンス映画。
あらすじ
激しい豪雨が降り注ぐ夜、ネバダ州の砂漠の中にぽつんと佇む一軒の古いモーテルに、悪天候で立ち往生した11人の男女が偶然集まる。元警察官の運転手エド(ジョン・キューザック)、警官のロード(レイ・リオッタ)と彼が護送中の殺人犯、娼婦のパリス(アマンダ・ピート)、落ち目の女優、新婚カップル、幼い少年を連れた家族など、互いに何の繋がりもないように思われた客たち。しかし、道路が冠水して脱出不可能となった孤立無援の空間で、カウントダウンの番号が記された鍵とともに客たちが一人また一人と残虐な方法で殺害されていく。パニックに陥る生存者たちだったが、やがて「全員の誕生日が同じ10月10日」という共通点に気づく。
一方、時を同じくして、近くの裁判所では、死刑執行を数時間後に控えた連続殺人鬼マルコム(プルイット・テイラー・ヴィンス)の再審理が行われていた。彼の精神科医(アルフレッド・モリーナ)は、マルコムの精神状態に関する「重大な証拠」を提示しようとしていた——。
モーテルでの凄惨な殺人事件と、死刑囚の精神鑑定。二つの物語が交錯し、衝撃的な真実が明かされる。
キャスト
カロライン・スザンヌ(Caroline Suzanne、落ち目の女優) – レベッカ・デモーネイ
サミュエル・ロード(Samuel Rhodes、囚人を移送中の刑事) – レイ・リオッタ
ロバート・メイン(Robert Maine、移送中の囚人) – ジェイク・ビジー
パリス・ネバダ(Paris Nevada、娼婦) – アマンダ・ピート
ラリー・ワシントン(Larry Washington、モーテルの支配人) – ジョン・ホークス
ジニー・バージニア(Ginny Virginia、ルーの妻) – クレア・デュヴァル
ルー・イジアナ(Lou Isiana、ジニーの夫) – ウィリアム・リー・スコット
ジョージ・ヨーク(George York、アリスの夫) – ジョン・C・マッギンリー
アリス・ヨーク(Alice York、ジョージの瀕死の妻) – レイラ・ケンズル
ティミー・ヨーク(Timothy “Timmy” York、アリスの連れ子) – ブレット・ローア
マルコム・リバース(Malcolm Rivers、死刑囚) – プルイット・テイラー・ヴィンス
マリック医師(Dr. Mallick、マルコムの担当医) – アルフレッド・モリーナ
あっと驚く巧妙に練り込まれた映画
「そして誰もいなくなった」にインスピレーションを得たという映画(ある作中人物はそれに言及するだけでなく、真犯人の名前も口にしてしまう。それ自体が伏線になっている)。
かなり練られた脚本を書いたのはマイケル・クーニーという人で、ジュリアン・ムーアのオカルト映画「シェルター」なども書いている。
2003年の映画なので、以下はネタバレである。
豪雨による洪水で道(ルート10号?)が寸断され、通信が遮断されたモーテルに次々と客が舞い込む。交通事故で瀕死の妻を抱えた夫と息子、落ち目の女優と運転手(ジョン・キューザック)、ラスベガスからフロリダに向かう娼婦(アマンダ・ピート)、結婚したばかりの夫婦、囚人を護送中の刑事であり、モーテル支配人を含めて11名。全員訳ありである。
長い夜の中で10人は一人ずつ殺されていき、死体の傍らには部屋番号のついたキーが置かれ、その番が「10」から「1」へと遡っていく。生き残ったアマンダとキューザックらは疑心暗鬼になり、さらに終盤になるとなぜか死体すら消え失せてしまう。
映画では、上記と並行して、やはり豪雨下で、ある死刑囚の再審議が行われる様子を描く(豪雨にミスリーディングの役割を果たしている)。この死刑囚は多重人格であり、死刑に反対する弁護士と精神科医によって、人格を一人ずつ抹殺していく治療(つまりモーテルで起こっていることはこの死刑囚の妄想)を行っていたのである。モーテルの11人の誕生日が全員同じで、姓が合衆国の州名になっているというのが伏線だった。
モーテルで生き残ったのはアマンダで、サイコパスでない人格が残ったことで、死刑囚も刑を免れる。
ところが、映画はさらなるどんでん返しで終わる。
フロリダで念願のオレンジ農場を始めたアマンダは土の中に「1」のキーを発見。実はある人格が死んでおらず、アマンダも、死刑囚(ではなくなっていたが)を移送中の刑事たちも、その人格によって殺されてしまう、という、あっと驚くオチで映画は終わる。
考えてみればアガサ・クリスティの長編と同じオチなのだが、多重人格の種明かしにあっけにとられているうちにこのどんでんを持ってきたところに、作り手の自信を感じさせる。
アイデンティティー 考察ポイント
本作は、単なるスプラッターやホラーではなく、サイコロジカルな謎解きと人間心理のメタファーが巧みに融合した作品である。『ファイト・クラブ』や『シャッター・アイランド』と並ぶ多重人格系ミステリーの金字塔として、考察好きから今も評価が高く、ラスト5分の衝撃が作品全体の印象を一変させ、「2回観て初めて真価がわかる映画」と言われる。
- 多重人格をテーマにしたプロットの巧妙さ
登場人物は実在の人間ではなく、すべてマルコム・リヴァースという死刑囚の中に存在する“人格”であるというどんでん返しが、「サイコスリラー」としての完成度を高めている。
モーテルで起きる殺人事件の順番=人格の排除であり、精神内の「治療」が物理的な死として描かれるというメタ構造。
「どの人格が“悪”で、どれが“善”か?」という観点で観ると、2回目以降の視聴で違った印象を受ける。 - ジョン・キューザック演じる“エド”の役割
エドは「良心」「正義感」を象徴する人格として位置づけられ、視聴者が最も感情移入しやすいキャラに設定されている。
彼が最終的に“悪”の人格・ティモシーを倒すように描かれるが、それが本当の終結ではなかったというラストが、さらなるどんでん返しにつながっている。



