『わたしの相殺日記』ってどんな映画?
暴飲暴食、夜遊び、爆買い――。現代を生きる人々が抱えるちょっとした罪悪感や日々のストレスを、独自のやり方で「チャラ」にしていく一人の女性の奔放な生き様。あえて定職に就かず、後先考えずに欲望のままに日々を謳歌する主人公が、現代社会に転がるささやかな生きづらさを軽妙に跳ね除けていく。
『孤独のグルメ』の脚本などを手掛ける田口佳宏・吉見健士らのチームが完全オリジナルストーリーとして構築。アベラヒデノブ監督らが等身大の街の風景とユーモアを交えて描き出す新感覚の日常ポップコメディドラマ。
主人公の桜庭萌(あの)の引き起こすユニークな“相殺ライフ”の周囲には、彼女のペースに巻き込まれたり、逆に不思議な影響を与えたりする個性的な人々が集まってくる。友人のオチのないマシンガントークに付き合わされて「無駄にした時間」を歩くことで相殺しようとしたり、バイト先の古本屋の常連SFさんの独特な世界観に引き込まれたり、萌の“相殺術”は時に予期せぬ日常の冒険へと繋がっていく。
深夜のキッチン、あるいは高円寺のどこか愛おしい路地裏の居酒屋で、マイペースなヒロインが下すお茶目でポップな選択。あのが地上波ドラマ単独初主演で見せた唯一無二のキャラクター性、弟・窪塚愛流のリアルな掛け合い、そしてベテラン陣のシュールな存在感が調和した日常デトックス・エンターテインメント。
あらすじ
主人公の桜庭萌(あの)は、深夜のドカ食いや衝動的な爆買いをしては、かつての職場の経理業務からヒントを得た「自己流相殺術」によって、自らのマイナス行動をプラスの行動で相殺し、全てをなかったことにしようと試みる超マイペースな女性。定職を持たず、しっかり者の弟・桜庭律(窪塚愛流)の家に転がり込みながら、独自のルールで自由気ままな日々を送っている。
キャスト
感想
『孤独のグルメ』と同じ、「主人公だけの独特な価値観で世界を見るドラマ」である(脚本チームが同じ)。
「定職に就かず、暴飲暴食や夜遊び、爆買いなど好き放題に生きながら、それを自己流“相殺術”で帳尻合わせする」という人物を、あのが演じており、彼女は「マイナスを別のプラスで打ち消せばいい」という極端な価値観で生きている。「社不」でありながら、「不安な時代を自分なりの理屈で乗り切るキャラクター」と言うこともでき、人生を効率化するドラマのようにすら見えるところがミソだ。
巧妙なのは、社会の常識にあまり合わせない、マイペース、評価を気にしない、浮世離れしているといったあののパブリックイメージ(本人そのものかどうかは別として、広く共有されているイメージ)を物語の装置として利用しているという点だ。あのなら本当に「相殺すれば大丈夫」と考えそうな説得力があるのである。他の女優が演じたら、こうはならないであろう。
自分の行動を「相殺」という考え方で納得させるのは、私たちの自己正当化を可視化したもので、あのは単にそういう“帳尻合わせ”を、極端な形で実践しているだけである。そこには「人は自分をどうやって許しながら生きているのか」という観察がある。あのの存在感を借りることで、現代人の自己合理化や「生きづらさ」を描いていると言える。
夏ドラマへの中継ぎ的な4話という試験的クールで終了したが、秋ぐらいから通常のクール数で再開するのではないかな。
『わたしの相殺日記』を観るには?
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