映画

2000年代の映画

トーク・トゥ・ハー

「トーク・トゥ・ハー」の感想と評価・独自の考察を交え、キャストや配信情報を徹底レビュー。
2000年代の映画

ジョゼと虎と魚たち

「ジョゼと虎と魚たち」の感想と評価・独自の考察を交え、キャストや配信情報を徹底レビュー。
1970年の映画

家庭

「家庭」の感想と評価・独自の考察を交え、キャストや配信情報を徹底レビュー。
2000年の映画

アメリカン・サイコ

名刺であれだけ張り合うのに、人物名はみんなが間違える。登場人物たちは名前と実体の一致になど興味のない幽霊たちなのだ。
2000年の映画

ホワット・ライズ・ビニース

ロバード・ゼメキスは、これをヒチコックへのオマージュだなどと本当に言ったのか。
1990年代の映画

テシス 次に私が殺される

ヒロインのアナ・トレントはなんと「ミツバチのささやき」のあの少女アナ。思わずため息が出てしまう。
映画

愛してる、愛してない…

「アメリ」もまた思い込みのはげしい少女の物語だったので、オドレイファンはこの映画を「裏アメリ」と呼ぶのだが、実際にはオドレイの起用は「アメリ」のクランクアップ後だったらしい。
2000年の映画

メメント

究極ネタバレ!サルでもわかる時系列順ストーリーボードで徹底解説!
2000年代の映画

スパイダーマン2

空中にとどまることのできない抛物線の動き(唯一の武器「糸」は落下をくいとめるためのものだ)。このヒーローに圧倒的な美しさを与えているのは、複数の糸によって軌道をずらされた、予測しがたい抛物線の攻撃にほかならない。
2000年代の映画

キューティハニー

佐藤江梨子の運動能力と存在感、コスチュームデザイン(もちろんデザイナーは安野モヨコ)は抜群だが、それと引き換えにすべてを踏み絵化して不問に付そうとしているかのようにすら思われる。
1990年代の映画

風花

小泉今日子のピンサロ嬢などやっぱりあまりリアリティないのだが、それでも配役をオーバーフローする小泉の存在はまぎれもなく映画的だ。
1990年代の映画

ゲーム

それにしてもオチがやたらと評判悪いのはなぜだろう(米公開時も総スカンだったらしい)。投身自殺への畏れなどといった精神分析的な設定がとってつけたかのようなのはしかたない。
2000年代の映画

ヴァニシング・チェイス

目立った冴えはないものの、NYの夜を描いた映画としては悪くない出来映えだと思う。
1960年代の映画

荒野のダッチワイフ

のちに「ルパン三世」の台本を書く大和屋竺の作だが、モンキーパンチの無国籍性は、大和屋によって逆に新たなゲキガとして路線づけられた。手塚治虫は漫画に映画的描写を導入したが、ここでは逆のことが起こっている。
2000年代の映画

ディボース・ショウ

結婚は離婚のための準備であるとか、契約は破棄のための準備であるという逆説によって、スクリューボールコメディを描き続けてきたのがハリウッドなのだが、ここでの退屈さはやはり冒涜的であると思う。
1980年代の映画

ションベンライダー

音と台詞で強引につなげ、主要な人物のポジションを運動として一気に見せる手際はちょっと比類のない鮮やかさ。始まりとともに、木ノ元亮が準備運動をしているのが、なにより運動の始まりを告げているではないか。
1990年代の映画

17歳のカルテ

混乱まっただなかの60年代アメリカのニュース映像や、ウィノナの <迂回された帰途> をあらわす「オズの魔法使い」をはじめ、思ったより媒介物の多い映画である。
2000年代の映画

28日後…

「28日後…」の感想と評価・独自の考察を交え、キャストや配信情報を徹底レビュー。
2000年代の映画

バーバー吉野

「バーバー吉野」の感想と評価・独自の考察を交え、キャストや配信情報を徹底レビュー。
2000年代の映画

ヒッチ・ハイク 溺れる箱舟

「ヒッチ・ハイク 溺れる箱舟」の感想と評価・独自の考察を交え、キャストや配信情報を徹底レビュー。