最後に、尾野真千子の麿顔の夫・高橋一生である。
銀行でのセクハラ疑惑は、そりの合わない女性部下の陰謀であったことが明らかになった。尾野はその件に関しては「信じることにする、でもそれだけだから」と言って、幼稚園の送り迎えを再開した。これは、他のことについては信じていないぞという意味である。
他のこととは、尾野に対するDVと、尾野が目撃したバス内での女子高生痴漢行為である。これらは、ドラマ上、たしかに起こったこととして描写されており、セクハラと同じような寃罪の結末は許されない。セクハラ疑獄は4月から始まっていたというから、もしかしたら銀行で追いつめられていた高橋は、ストレスから妻にDVを働いたり、バスの中で痴漢をしたということなのだろうか。
どうも納得がいかないので、これにどう決着をつけるつもりなのかが気になる。
5人の女、最後の答え|雑な終わり方だったが、良いドラマだったと思う
最終回はひどく雑なものであり、残念だった。釣った魚にエサはやらないというか、もう翌週に期待をつなぐ必要ないもんねという感じがしてしまうのである。前にも書いたが、これは結局、視聴率命のテレビドラマの宿命ならん。
残念だったのは、杏に対するりょうの攻撃が、ほとんど練りの足らないものだったこと。衝動的な行動なのだから練られていないのは当たり前なのだが、かといって、それではドラマにならない。杏に「私が何かした? 怒らせるようなこと…」と詰めよられたりょうは、「してないんじゃない?」ととぼけてみせていたが、ああいう表情をできるのなら、もっともっと、杏をどん底に突き落とすような悪いことを周到に計画できたはずである。
予想通り、連れ子である海斗君が、暗黒面に傾斜するりょうを留める役割になった。海斗君が号泣し、りょうが涙ぐむ場面は2度繰り返されたが、子供にすでにバレてるのに再度嫌がらせを実行したりょうには戦略がなさすぎる。
自分の子供が受験を放棄したというのに、KEIJIのフォローは、相変わらず情けなかった。りょうは「もういいから! もう離婚するんだし!」とキレて、「私が解決するから!!!!」と押しきってしまったが、KEIJIはあくまでも頼りない年下夫の立場を守りつづけ、「結局、利華子が何を考えているのか、何を思っているのか、全然わからなかった…俺はずーっと情けないまんまで、いつの間にか現実逃避して自分自身が重荷なんだ」などと言いながら、深夜のダイニングテーブルでイジイジとアルバムをめくっていた。
この夫が本気で離婚しようと思っていなかったことは明らかなのだが、りょうはそれに気づかないふりをしてとうとう離婚してしまう(明示はされていないが)。もう年下はたくさん、ということかもしれないが、あの性格では、よほどの人物が現れないと三度目の結婚はできないだろう。そう、りょうは不幸にもバツ2になってしまったのである。
KEIJIとの離婚に際しては海斗君も阻止しようと活躍したと思われるが、そういった描写が一切省略されてしまったのは残念である。
りょうのネットショップがどうなったのかも、よくわからなかった。
アルバイトの東野るみの発注ミスのためにデパートに納品できなかったことにより、どのようなダメージをこうむったのか(この「合わす顔もないので、辞めます」という東野るみのメールの文面は、 倉科カナの空とぼけ演技なみに破壊力があった)、今でもショップを続けていられるのかは不明である。
夫はいなくなったとはいえ、ネットショップの収入だけで、親子三人、世田谷暮らしを続けていけるのだろうか。
この点からも、KEIJIと離婚して本当によかったのかという評価が、最終回には欠けていると感じられた。
なにしろ、4家族の中で最も失ったものが大きいのはこの家族なので、それなりに納得感が必要だと思う。
さて、木村佳乃の予言通り、りょうの犯行には受験番号が使われたのだが、受験番号は、願書紛失事件の後に届いた受験票に記載されていたはずだから、すでにそのとき、杏はりょうの悪意に気づいていたはずである。
海斗君が健太君の受験番号をりょうに教えた回想シーンがご都合的に挿入されていたが、こうした流れも、ずいぶん雑で都合のいい組み立て方だと思った。
さらに、電話で受験番号を伝えるだけで入学を辞退できるというのも妙である。確認の電話がかかってはきていたようだが、現に尾野真千子のところには届いていた入学手続書類が杏のところには来なかったのだから、基本的には辞退は受理の方向へ向かっていたのだ。
さて、各家族の去就もまた足早に語られたが、いずれも納得感の薄いものだった。
まず、尾野真千子の麿顔の夫・高橋一生だが、バスの中で女子高生に痴漢をはたらいた理由がようやく語られた。供述を簡単に要約すると、セクハラ疑獄のショック状態にあるときに、教師をセクハラではめようと画策している女子高生に、自分を陥れた部下の姿を重ねあわせてやってしまった、ということなのだが、そんな理由で痴漢をする男はいないと断言できる。相当に不自然な供述であり、裁判で情状酌量は勝ち取れないだろう。言葉通りにとれば、「憎しみが歪むことで発露された性欲」とでもいうものになってしまう。夫婦であれば、そういうものも許されるのかもしれないが…
尾野真千子が離婚を選ばなかった理由がわからない。妻に一日730円しか与えなかったDVが、セクハラ疑獄のストレスで片づけられていいものではないだろうと思うし、今は優しい夫に変わったといっても、DV夫とは、DV以外の場面ではつねに優しいものなのだ。
次に倉科カナだが、キャバクラでバイトしていることが夫にバレ、平手打ちされたら、簡単に反省してしまった。あれだけの騒ぎを起こしたにもかかわらず、夫に怒られただけで目を覚ましてしまうとは、なんとも浅はかで可愛い奥さんである。栃木弁丸出しで畑仕事に励む姿はあまりにもデキすぎで、ほとんど、杏の想像の中の描写ではないかとも思ってしまうのだが、あの億ションに住みつつ、ともすれば栃木弁が出そうになるのをガマンしていたと想像すると、最も好感度を上げたのは倉科かもしれないと思うのである。
木村佳乃は教育ママゴン(かつてこんな死語があったのだ)の汚名を返上し、平山広行とのセックスレスを解消しつつあった。ハギーとのロマンスに罪悪感を感じ続けていた木村は、「お前がそんなことできるわけないだろう、クソ真面目でまっすぐすぎるくらいまっすぐで、からまわりするぐらい一生懸命な女房を疑うも何も…」と平山にベタ褒めされ、思わずよろめいたことを告白しそうになるが、平山広行は木村の言葉におっかぶせて、「仮にほんのちょっと心が動いたことがあったとしたら、それは俺のせいだ」と、経営者らしく人あしらいのうまいところを見せていた。「きっとお互いいつの間にかなくしてしまったものを家の外に求めてたんだろうな」という言葉は、演出次第では、逆に平山にも隠しごとがあるのではないかと思わせるものだ。
視聴者は中島ひろ子が愛人ではないことをすでに知っているが、木村佳乃はもう少しそれを疑ってもいいところである。

最後に、最終回に用意されたふたつのサゲにふれながら、このドラマを総括してレビューを終えることにしよう。



