自説の間違いを認められず見苦しく抗議して三振した花形は、「縦の魔送球だけでは消えない」と一徹に実演してもらった左門からの電話に完全敗北を認める。
巨人-中日戦で、金田投手が400勝を達成した。
これは実話だが、この試合前のミーティングで、川上は、金田に400勝させて辞めてもらおうと発言したらしい。
金田がそれに気づいたのは、試合後の胴上げで長嶋が泣きながら「ご苦労様でした」と漏らしたからだそうだ。
飛雄馬と伴は、わざわざ金田邸を訪ね、「引退するって本当ですか」と金田に詰め寄る。
昨年の春、台湾キャンプで金田に発破をかけられたおかげで、大リーグボールを誕生させられたことを、飛雄馬は今でも感謝しているのである。
「わしかてそうしたい、しかし・・・」と言って、金田は腕を出す。

これでも精一杯伸ばしとるんやで
20年にわたるカーブの投げすぎで、肘がまっすぐにならないのである。
「黄金の腕だ・・・これぞ男の腕だ!」

「教えてください! 20年もの間投げられた秘密を!」
飛雄馬は感動して叫ぶ。
「いやあ・・・強いていえば、節制と練習かのう」
「節制と練習・・・!」
大げさに驚く飛雄馬だった。
昭和22年、名古屋郊外――飯のおかわりをする高校生金田。
貧乏な家で多くの兄弟と育った金田は、8月、共栄商業を中退して国鉄球団に入団。

昔(戦後2年)の名古屋駅はささやかである
契約金50万、月給は2万5000円だったという。
丼1杯と決まっている合宿所で、金田はひとりでおかわりをして周囲の顰蹙を買うが、「飯は2人前」が契約時の条件だったらしい。
「練習が金田か、金田が練習かというくらい、わしは練習した・・・」
ちょっと意味がわからないww
先輩をおぶって全力疾走し、半死半生になるまで足腰を鍛えた。
「星よ、お前は千本投球その他で、経験があるじゃろうが・・・」
とってつけたように伴がセリフを挟む。
「違う、俺などはまだまだだ!」

受付係のふたり
上記したように、金田は当初引退するつもりなどなかったのだが、またまた実話で、
「誰もあなたが打たれるのを見たくはない。なぜなら、あなたは金田正一だからだ」
と石原慎太郎(山中湖で別荘のお隣さんだったらしい)に言われて、引退を受け入れたのだという。
会は、まず正力オーナーが挨拶をして、背番号34の永久欠番を発表する。
筆者は世代的に「大投手金田」というより、「解説者の金やん」しか記憶にないのだが、金田引退というのは、そこまでのインパクトがあったのだろうか?
金田は、記憶に残る試合として、「昭和33年開幕第1戦の長嶋との対決」をあげる。長嶋をみごと4打席4三振させたのだという。
僕も引退するときに、同じ質問をされたらその試合をあげるだろう、と長嶋も語る。
王も同じようなことを言ったので、飛雄馬は、金田・長嶋・王のライバル関係に自分たちを重ねる。

「俺たちと同じだ!」
席上で、金田は「20年ぶんのため息」を漏らすのだが、これは実話なのかな。
去っていく金田を見送りながら、飛雄馬は「これからは俺たちの時代!」と考えるのだった。
金田はその後1973年(4年後)にロッテの監督となり、宇野球一率いるアストロ球団と延長10回の死闘を演じるのである。
飛雄馬は倍額年俸を提示され有頂天になるが、伴が据え置きと知るやサインを拒否。しかし当の伴は大喜びしており、飛雄馬だけが空回りする。一方、オズマの中日退団が決定して失意の一徹は、突如「伴宙太をトレードで奪う」という驚愕の悪だくみを発案。「あの二人を最高のバッテリーに育てたのはワシ。その逆をやるだけじゃ」と自信を見せる。「俺を捨てるのか!」と怒るオズマに「大リーグへ帰れ」と冷たく突き放すのだった。(第136話|狙われた伴宙太)




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